斉藤朱夏、逢田梨香子らAqoursメンバーソロ作での表現 グループでの経験や人間性の発露に注目
翻って、Aqoursのステージでは他のメンバーが感極まるような場面でも、一人あっけらかんと振舞ってきた斉藤。『くつひも』発表時には、幼少期より「ステージでは泣かない」と心に決めてきたことで「多分みんなも私のことを弱い人だと思っていないからこそ、そのイメージを壊さないようにしてきたところがあったと思います」と、その背景を明かしていた(参考:音楽ナタリー)。
そんな彼女の本心を代弁した『くつひも』。同作で、ほぼ全曲の制作を担当したハヤシケイ(Live Lab.)は、人の痛みに寄り添うような楽曲も多く手がけてきたクリエイターだ。アルバム序盤の「ことばの魔法」では、“言葉を交わすのは掛けがいのない行為である”という斉藤の考えを歌詞に。作品全編に目を向けても、軽やかなポップスで瑞々しい印象を与えてくれた。
その一方、終盤の「ヒーローになりたかった」では、〈今日も またね 言えないままだ〉といったように、斉藤が周囲の作り上げる“斉藤朱夏”というキャラクターの後ろに隠してきた、ひとりの人間としての不器用さや“弱さ”を露わにしてくれた。『くつひも』は、固結びだった斉藤朱夏の本心を、そっと“解いて”くれる作品だった。
逢田が目指す頼りがいある理想像と、斉藤が見せた心の柔らかな場所。たとえ明言されずとも、彼女たちがそれぞれのデビュー作で表現した想いには、元来の性格や歩みはもちろん、Aqoursでの経験から芽生えた感情も確かに反映されていることだろう。単純に考えれば、2人はこれまでAqoursでの活動をメインとしてきただけに、リスナー側もその枠組みを通して人となりを知る機会も多かったはず。ソロ楽曲を聴く上で、ユニットでの姿が頭に浮かぶのも無理はない。ただ、ここで大切なのは、逢田と斉藤が自身の役柄を演じる上で発露したのだろうひとりの人間としての感情や物語が、それぞれの初作品で丁寧に掬い上げられていたことである。
彼女たちの描く強さと弱さは、これまで音楽という形で深く掘り下げられてこなかった側面だ。それを踏まえるに、今回のデビュー作はAqoursの物語に対してどこか補完的であり、部分的に地続きとも表現できるのではないか。そして、ソロアーティストとしても成長を続けるために、改めて“なりたい自分”と“本当の自分”に向き合い、アイデンティティを模索したのだろう。『Principal』と『くつひも』には、逢田と斉藤の“走り出す瞬間”が等身大に収められていた。
だからこそ、彼女たちの次回作や今後に開催されるだろうワンマンライブに、多くの注目が集まるのも頷ける。声優アーティストの楽曲は特定ジャンルに縛られないため、その自由度も非常に高い。今作で盤石といえる足固めができたからこそ、アーティストにとって重要な試金石といわれる“2枚目”で、どのような楽曲を選択するのか。欲を言えば、デビュー作といえどもう少し尖った内容でもリスナーには受容されたかと思うだけに、さらなるリリースも待ち遠しくなってしまう。
またAqoursからは、鈴木愛奈(小原鞠莉役)が7月29日にソロアーティストデビューを発表。彼女は過去に『第7回全日本アニソングランプリ』に出場しており、アニソンに対する愛情はユニット内でもとりわけ強いと思われる。自身のソロワークスはもちろん、敬愛するアニソンシンガーらとの共演やコラボ楽曲制作などにも、自然と期待が膨らんでしまう。さらに、小宮有紗(黒澤ダイヤ役)は8月23日にDJデビューを発表しており、他のメンバーとはまた違った形で音楽に携わることに。彼女の動向も楽しみに見守りたい。
ソロアーティストとして、また新たなスタートを切った逢田梨香子と斉藤朱夏。2人に続き、Aqoursのメンバーからは今後も目が離せない展開が待っているのだろう。彼女たちが個人としても真価を試される季節は、今まさに始まろうとしている。
(文=一条皓太)