6thアルバム『ジャズ』インタビュー
ドレスコーズ志磨、カルチャーへの興味の変化「時代や場所を限定しないポップスをやってみたい」
「人類が滅ぶ時は一瞬ではなく、穏やかなものなのかもしれない」という着想からスタートしたというドレスコーズのニューアルバム『ジャズ』は、人類の終焉と新たな種の誕生を描いた壮大な作品となった。サウンドの基調は、ジプシーミュージック(ロマ音楽)。メインアレンジャーに梅津和時、ゲストミュージシャンに東京スカパラダイスオーケストラの加藤隆志(Gt)、茂木欣一(Dr)、さらにナガイケジョー(SCOOBIE DO/Ba)、ビートさとし(skillkills/Dr)、菅大智(Dr)などが参加し、フォークロアと現代的な音像がひとつになった斬新にして普遍的なポップミュージックを体現している。ドレスコーズの首謀者・志磨遼平に『ジャズ』の制作プロセス、そこに込めた音楽的な意匠、現在のポップスに対するスタンスなどについて語ってもらった。(森朋之)
この100年くらいのカルチャーを俯瞰して自分なりにやってみた
ーーこの春にエミール・クストリッツァ監督の『アンダーグラウンド』『ジプシーのとき』を映画館で観る機会がありまして。その後、『ジャズ』を聴いたら、まさにあの映画の世界観だなと。
志磨遼平(以下、志磨):おお、恐縮です。
ーー志磨さん自身、今回のアルバムに関して「クストリッツァの来日公演を観たことがヒントになった」とコメントしてますね。
志磨:そうですね。ライブを観たのは2年前なんですけど(2017年9月にZepp TOKYOで行われた「映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』公開記念 エミール・クストリッツァ&ザ・ノー・スモーキング・オーケストラ」来日スペシャルライブ)、バルカン音楽を生演奏で聴く機会なんてなかなかないし、あのライブを観たことは確かに大きかったです。僕もまだ浅いというか、映画をきっかけにして「こういう音楽って、何ていうんだろう?」と興味を持ったクチで、いろいろ聴いてるうちに少しずつわかってきたので。
ーー土地に根差した伝統音楽であり、ジャズやスカの要素も入っている不思議なサウンドですよね。
志磨:はい。たとえば7月に来日するファンファーレ・チォカリーア(世界的人気を誇るジプシーブラスバンド)はめちゃくちゃテンポが速くて、アッパーなところが特徴だったり。共通しているのは、西洋音楽のセオリーが通用しないということですかね。“♪ドレミファソ〜”みたいなルールがなくて、すごく訛ってる人の方言を聞いているような。標準語が西洋音楽だとしたら、ジプシー音楽は訛りが強くて「ちょっと何を言ってるかわからないです」みたいな体験というか。でも、意味はわからないのに熱狂とか哀愁はガンガン伝わってくる。それがすごく新鮮だったんですよね、自分にとっては。で、「こういう音楽をやってみたらおもしろいだろうな」と思って。
ーー前作『平凡』のときは、ファンク、ソウルの要素が強く、インタビューでは『Young Americans』(1975年)の頃のデビッド・ボウイの話もしていて。作品によって、志磨さんのモードがそのまま反映されている感覚なんでしょうか?
志磨:そうですね。自分の創作のフォーマットとして、アルバム1枚を使ってどでかいひとつの作品を作る、ということが、やっと上手くできるようになってきたのかも。小説家でいうと、「このくらいの分量の小説にする」とあらかじめ決めてから書き始める感じというか。
ーーしかも、1作ごとに文体を変えて書くっていう。
志磨:いえいえ、まだそこまでいかないですけどね、僕は。ただ、作品のテーマは変わるので、そのたびに取材やリサーチをしてるんですよ。テーマを決めて、それにまつわる本や音楽をいろいろ研究したうえで制作に入るっていう。音楽をやる人でそういうタイプはあまりいないと思いますけど。去年、『三文オペラ』を一緒に作った演出/脚本家の谷賢一くんには「それは俺らがやることであって、ミュージシャンがやることじゃない!」って言われますけど(笑)、作り方としてはそういう職業の人にシンパシーを感じるんです。ちゃんと裏を取って、時代考証もしたうえで作品にしたいので。
ーー今回のアルバム『ジャズ』は「人類が滅ぶ時は一瞬ではなく、穏やかなものなのかもしれない」という気づきがコンセプトにつながったそうですが、その着想を得たきっかけは何だったんですか?
志磨:はっきりとは覚えてないんですけど、去年、『三文オペラ』の終わり頃には「次のアルバムは終末的なものをテーマにしたい」と言ってた記憶がありますね。前作の『平凡』あたりから近代思想がおもしろくなってきたんですよ。行き方来し方と言いますか、僕ら人類はどういうふうに進歩してきて、どこへ向かうのか? というようなことを調べたり、自分なりに考えて。そういうのって、ユースカルチャーにはないものじゃないですか。なぜならユース(若者)に先の心配はいらないから。“No Future”と言いながらも未来は未知数で可能性に満ちあふれている、というね。僕が今おもしろいのは、ユースが抜け落ちた、ただの“カルチャー”です。自分の未来は無限ではないということを踏まえて、人類の文化や未来を考えてみる、というような。だから今回の『ジャズ』の着想のきっかけは、もしかしたら自分の加齢かもしれません。
ーー年齢を重ねるなかで、カルチャーの捉え方が変わり、興味の対象や範囲も変化してきたと。
志磨:そうですね。歌詞を書いていても、自分から出てくる言葉に“進め、未来は明るいぞ”みたいなものはなくなって、“未来をよく見てみよう”とか“どこまでたどり着いたら終わるんだろう?”みたいなものが現れ始めて。それは “終わりを想像してみよう”ということなので。
ーーなるほど。いま志磨さんが言った「ユースが抜け落ちてる」という感覚、個人的にはよくわかります。たとえばコーチェラ・フェスティバルをYouTubeで観ていて、「ビリー・アイリッシュ、すごいな」とは思うけど、心の底から熱狂しているかと言えば……。
志磨:わかります。僕もビリー・アイリッシュすごく好きで、最近ずっと聴いてますけど、「自分たちの代弁者だ!」とは思わないので。
ーーそうですよね。もう少し俯瞰しているし、「ビリー・アイリッシュはポップス史のなかでどういう立ち位置なんだろう?」と考えたり。
志磨:うん、そうなんですよね。そういう自分なりのポップス史研究みたいなものは、今回のアルバムにもあると思います。“この時代”“この場所”と限定しないでポップスをやってみたいというか。“この100年くらいのカルチャーを俯瞰して、自分なりにやってみた”という実験ですね。
ーーアルバムの制作は、全体的なストーリーを決めるところからですか?志磨:いや、作曲からですね。ジプシー音楽をいろいろと聴いてみて、まずは自分で作ってみたんですよ。何曲か作るなかで、「こうするとジプシー音階に近づくんだな」みたいなことがわかってきて、「よし、いける」と思った時点でアルバムを意識しながら曲を作りはじめて。そんなもんでいいんですよね。完全に自分のなかで咀嚼してなくても、自分で「いける」と思えれば大丈夫なので。うちの家訓、“広く浅く”なんですよ(笑)。
ーーなるほど(笑)。
志磨:そうやって2〜3カ月くらいで曲を作って、歌詞はラスト2週間くらいですね。1年くらいかけて資料は読んでいて、思い付くことがあったらメモしつつ、標準を定めていって。僕はもともとメロディがきちんと決まってないと歌詞が書けないタイプだから、歌詞を書き始めるのはレコーディングの直前だったりするんですよ。「レコーディングまであと1週間。書くぞ!」っていう。曲名はあらかじめ決めておくことが多いんですけどね。「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」「ニューエラ」「チルってる」「銃・病原菌・鉄」「わらの犬」もそうですけど、“タイトルありき”なんですよ。架空のアルバムじゃないけど、曲名と曲順を決めてから、一気に歌詞を書くんです。
ーーアレンジにはサックス奏者の梅津和時さんが参加。「ジャズ」というタイトルにもリンクする人選だなと。
志磨:レコーディングのプランについて話し始めたときに、ブラスのアレンジがキモになるということはハッキリしていて。ジプシーブラスのアレンジとなるとさすがに自分ではやれないし、専門でやっている方にお願いしようということになって、スタッフや友達と相談するなかで「ここは海津さんでしょう」と。梅津さんはジャズはもちろん、(忌野)清志郎さんとの活動が知られてますからロック、ソウルのオファーはひっきりなしですけど、「アルバム全曲、ジプシー音楽みたいなアレンジでお願いします」という依頼は当然なかったみたいで。「そういう音楽は人気ないから売れないよ」と言われましたが(笑)、ぜひやりたいと快諾してくださって。
ーー梅津さんはジプシーやバルカンの音楽にも精通しているんですね。
志磨:そうなんです。梅津さんは元々フリージャズの方ですけど、さっきも言った清志郎さんとの仕事だったり、旧来のジャズのセオリーを無視した斬新なことをどんどんやってたら、「梅津はジャズじゃない」と批判もされたそうで、そこで梅津さんは「自分にとってのジャズはそんな狭い定義じゃない。自分の音楽がジャズじゃないと言われるのなら、もうジャズには興味ない」と言い切って、独自の音楽を追求されて。その中でジプシー音楽にも出会われたみたいで。ちょうどスタジオでそのお話を聞かせてもらった前日に「アルバムのタイトルは『ジャズ』にしよう」と決めてたから、そこでもつながって。まあ“梅津さんと同じ考えです”なんて言ったらおこがましいですけどね。梅津さんは実際にやってきたわけだし、僕はぜんぶ頭のなかで考えたことなので。
ーー志磨さんもたぶん、「ドレスコーズはロックンロールじゃない」って言われてますよね?
志磨:Twitterでよく見ますね!(笑)。僕の場合は、そう言われるとすごく喜んでしまうんですけど。僕が好きなミュージシャンも“あんなのロックンロールじゃない”と言われてきた人たちばかりなので。