コダック・ブラック、ミーク・ミル、6ix9ine…モラルとクリエイティビティに挟まれるラッパーたち
新作アルバム『Dying to Live』がリリースされる2日前、ニューヨークの人気ヒップホップ専門ラジオ局であるHOT97の朝番組に出演したコダック・ブラック、そして、番組の司会者であるイーブロをめぐってネット上が炎上する騒動が起きました。コダックは1997年フロリダ生まれのラッパー。中学生の頃から、しばしば少年院や刑務所生活を繰り返しており、今年の8月に、7か月間の収監を経て釈放されたばかり。罪状は、銃やマリファナの所持、そして育児放棄といったものでした。
釈放後すぐの9月には、あのブルーノ・マーズとともに共演したグッチ・メイン名義のシングル『Wake Up In The Sky』も発表され、『Dying to Live』からのシングル『ZEZE(feat. Travis Scott & Offset)』もビルボードチャート初登場2位をマークし、収監中の不在期間を一瞬で打ち消すかのような活動でファンたちを喜ばせたコダックですが、つい先日の12月上旬に、2016年に起きたレイプ事件の公判日程が2019年4月に決定した旨が報じられました。先述したイーブロは、「我々は、性犯罪を真剣な問題として受け止めねばならないと思う。今は無理でも、より深く君の話を聞きたいのだが」と切り出しました。まだ公判前の事件なので、ラジオの生放送でコダック自身が事件に関して詳細を述べることはできません。しかしながら、この問題について話し合うことが必要だ、とイーブロは提言しました。するとコダックは「お前らはこういうしょうもないことを見て楽しんでるんだろ。話題を変えないと、スタジオを出て行くよ」と告げ、文字どおりラジオの生放送中に立ち上がり、スタジオから出て行ったのでした。この直後、ツイッター、そしてこのインタビューの様子を収めたYouTubeの公式動画のコメントはイーブロに対する中傷や攻撃的なコメントで溢れました。どれもコダックを擁護し、「彼にとって最善の対応をすべきだったのに」とイーブロや番組側を責めるものです。ちなみにその二日後、他局であるPOWER105.1の朝番組に生出演したコダックは、イーブロとのインタビューについて「世間は俺のことをバカだと思ってるから、もっと自分の知的な面をアピールしたかったにも関わらず、事件の話題を振ってきた」ことに気分を害したと語っていました。
この一連の出来事に関して、ファンたちは皆コダックを擁護しているようですが、イーブロは本当に悪者なのでしょうか。ウェブサイト『UPROXX』のアーロン・ウィリアムズ氏は「イーブロはジャーナリストとして当然の質問をしたまでだ」と述べています。「こうした問題(前科)を抱えた若者たちに必要な解決策は、刑務所に入れることではなく、自分が犯した罪がいかなるものかをしっかりと認識させること。そうでないと、その次の若者たちもまた救われないままだ」と。そして、「彼の周りの人間ーーレーベルの人間や家族、友人たちーーたちが必要なことを言えないのであれば、ジャーナリストこそが本人に言わねばならない」かつ「自分の犯した罪に責任感を持たせること」が必要だと。実際にコダックがレイプ事件に関与したかどうかは、まだ定かではありません。ただ、特に若いラッパーたちを取り巻く環境がどんどんドラスティックに変化し、時に過激になりすぎてしまう昨今、コダックのようなアーティストが、自分の置かれた環境や経てきた経験をより審らかにし、特に若いリスナーに向けて発信することが非常に求められているのではと感じます。
ただ、そんなコダック・ブラックの肝心のアルバム作品『Dying to Live』は、前作に比べても実に雄弁です。冒頭の「Testimony」では“俺はもうリーンも飲まないし、エクスタシーもやらない”とラップし、家を出て行った父親や、20歳にして刑務所に収監されたことなど、自分の置かれた境遇をラップします。特筆すべきなのは、「Malcolm X.X.X.」と題された楽曲でしょう。マルコム・Xと、2018年6月、突然の銃弾に倒れたXXXテンタシオンの名前を掛け合わせたタイトルで、今は亡きXXXテンタシオンに対しての手紙という趣の楽曲になっています。〈Xはバイクを買おうとしただけなのに、撃たれちまった。Xは自分の人生を変えようとしていたところだったのに、燃え尽きちまった……。墓石の周りにもセキュリティを配置しておけよ、そうすれば安らかに休めるぜ〉両者が育ったフロリダは、観光産業が盛んな一方で、一部のマイノリティの人々(おもに黒人、なかでもキューバからの移民が多く含まれる)らの高い貧困率でも知られる地域です。ゆえに、若年層の犯罪も多い。その環境を考えると、コダック・ブラックだけを責めることは出来ぬようにも思います。アルバムを締めくくる「Could of Been Different」では〈俺は今、独房にいる。こんな風にはならなかったかもしれないのに〉と前置きして、地元の仲間との絆や裏切りについてラップしており、なんとも言えぬ思いに駆られます。
また、ヒップホップやR&B関連のアーティストをめぐる性犯罪やその姿勢に関しては昨今、議論が盛り上がっている向きもあります。妻へのDVが問題となったファボラスや、元妻のケリスによって、過去のDVが白日のもとに晒されることとなったナズ。先日はセックス・カルト集団問題で取り沙汰されていたR&BシンガーのR・ケリーのドキュメンタリー映画の試写会がニューヨークで行われたのですが、その際に、会場へ襲撃予告の電話があったことも話題になりました。「ヒップホップはレイプ・カルチャーだ」と問題視する声も高まっており、これから、どのように立ち向かっていかねばならないか、何を学んでいかねばならないかと、解決策を模索していくことも必要ではないでしょうか。
一方で、現在の司法制度の是正に立ち向かうラッパーも少なくありません。ミーク・ミルは約10年前に犯した犯罪(違法薬物所持ならびに違法銃器所持など)の保護観察期間中、道路でウィリー走行などの危険運転を犯した罪として逮捕され(他にも余罪はありました)、保護観察違反に伴い、2年から4年の懲役を命じられていたところでした。ただ、この判決に関しては判事の私憤が混じったものだとし、この後、フィラデルフィア検察官らによってそれらの判決が棄却され、ミークは釈放されたのでした。Netflixのドキュメンタリー作品『13th -憲法修正第13条-』に詳しいですが、現代のアメリカ社会において、黒人やヒスパニック系の有色人種の男性の方が、白人男性に比べてより“投獄率”が高いという背景があります。同じ罪でも、肌の色やバックグラウンドの違いによって運命が大きく変わってしまうという社会。ミークは路上でウィリー走行したことが再逮捕のきっかけになりましたが、もしもそれが肌の色の明るい、若い男性だったらどうだったでしょうか? 何もしていない、フードを被った黒人の高校生が自警団によって射殺されてしまう時代でもあります。ミークは、こうした現状を改正していきたいと、釈放後に述べました。彼の最新作『Championships』は、そんな人生の波乱や社会の矛盾を経験したミークによる力強いアルバム。中でもリック・ロス、そしてミークの釈放運動にも一役買ったジェイ・Zが参加した「What’s Free」は、社会においての正義や、人生にとっての豊かさとは何かと考えさせられる一曲です。これまでも熱量の高いラップスタイルで人気を勝ち取ってきたミークですが、そのアツさもますます盛り上がっており、豪華なゲスト陣やサンプリングソースなども含めて、エンターテイメント性も高いアルバムに仕上がっています。