岸田繁、「交響曲第二番」に表れた“音楽に対する問い” くるり『ソングライン』との関係性から読む
荘厳で重厚なハーモニーを聴いていて、僕の頭に浮かんだのが、ティグラン・ハマシアン。アルメニアのジャズピアニストで、ジャズにアルメニアの民謡やメタル、エレクトロニカ、クラシックなどを融合した独創的なサウンドで知られている現代ジャズのトップランナーだ。彼がECMレコードからリリースした『Luys i Luso』はアルメニアの室内楽クワイアとの共演で、5世紀から20世紀にわたるアルメニアの賛美歌、聖歌に即興などを大胆に加え、独自に解釈したものだ。古典の再解釈で、太鼓の響きが聴こえてくるが、それと同時に21世紀の、いや未来の響きさえ聴こえてくる名盤だ。実は以前から岸田繁は幾度となくティグランへの興味を口にしている。
そして、もう一人浮かんだのが、ブラジルの作曲家ハファエル・マルチニだ。近年日本で局地的に注目を集めたブラジルのミナス地方の若手ミュージシャンコミュニティーの一人としても知られる彼は、ジャズともクラシックともブラジル音楽ともつかないフレッシュな音楽を作り出す作曲家として知られている。彼がヴェネズエラ・シンフォニック・オーケストラとともに作り上げたジャズ・シンフォニー作品『suite onirica』にはそんなことを思いださせるサウンドがあった。ちなみにハファエル・マルチニは2017年の京都音博のために来日し、京都音博フィルハーモニー管弦楽団と共演している。この時のアレンジは岸田繁と徳澤青弦が務めている。
このティグラン・ハマシアン、ハファエル・マルチニの2人の音楽には、対位法とも通じるポリフォニーの要素があったり、アルメニアの古謡やブラジルのショーロなど、その地域独特の民謡的な響きもあるし、奇数拍子を大胆に使ったリズムなどがあるのも特徴だ。「交響曲第二番」では特に民謡的な旋律の要素においては「交響曲第一番」よりも自然で大胆に聴こえる瞬間もあるように思うし、リズムのアプローチでもかなり遊びが見られる。そうやって、人によっては「クラシックの文脈ではないところで聴いたことがあるクラシックとも通じる要素」みたいなものを感じる可能性が大幅に出るようになったのが、「交響曲第二番」なのではないかと僕は思っている。そして、それは確実に『ソングライン』にも通じているし、ティグランやハファエルに限らず、世界各地にある同時代の音楽とも通じているはずだ。
「交響曲第一番」と『ソングライン』と「交響曲第二番」。岸田がこの三つの作品を作り上げていく過程で、それぞれに作用がある状況は音楽的にとても面白いし、スリリングでもあるし、ファンとしては、どこか微笑ましくもあり、同時にハラハラしてしまう部分もある。
しかし、僕はこの3作を並べて聴いていて、シーンの最前線にいる音楽家が、新たな場所に飛び込み、学び、苦悩し、成長し、変わっていく姿を見られるこんな面白いドキュメントはそうそうないと気づいた。それはクラシックを書くことでロックミュージシャンが成長していく姿でもあり、ロックバンドの作曲家がそれまでのクラシック以外の知識や経験をクラシックの要素に置き換えたりしながらクラシックに対応していくチャレンジでもあり、その試行錯誤が再びロックに還元されていくであろう過程は「音楽ジャンル」みたいな考え方を超えた「音楽に対する問い」としても見ることができるかもしれない。「交響曲第二番」をそんなドキュメントの第3章として見ると、ずいぶん面白い方向に展開したなと思う。そして、第4章はどうなるのか、への期待(と不安)がまた膨らむ。
とりあえず、ふたつの「交響曲」は、岸田繁とくるりを楽しむための最高のヒントに溢れたプロジェクトなのである。『ソングライン』とセットで楽しむことをお勧めしたい。
■柳樂光隆
79年、島根・出雲生まれ。ジャズとその周りにある音楽について書いている音楽評論家。「Jazz The New Chapter」監修者。CDジャーナル、JAZZJapan、intoxicate、ミュージック・マガジンなどに寄稿。カマシ・ワシントン『The Epic』、マイルス・デイビス&ロバート・グラスパー『Everything's Beautiful』、エスペランサ・スポルディング『Emily's D+Evolution』、テラス・マーティン『Velvet Portraits』ほか、ライナーノーツも多数執筆。
■ライブ情報
『京響プレミアム 岸田繁「交響曲第二番」初演』
12月2日(日)京都コンサートホール
12月4日(火)愛知県芸術劇場コンサートホール
2019年
3月30日(土)東京オペラシティコンサートホール
■プログラム
《第一部》
岸田繁 / バルトーク・ベーラ / ドミトリィ・ショスタコーヴィチ / エイトル・ヴィラ=ロボス
世界音楽~響きのインスピレーション「フォークロア・プレイリスト①」
Ⅰ. 岸田繁:弦楽五重奏のための古風な舞曲『あなたとの旅』(管弦楽版)
Ⅱ. バルトーク:ルーマニアンフォークダンス
Ⅲ. ショスタコーヴィチ(バーチャイ編):室内交響曲Op.83a 第1楽章
Ⅳ. ヴィラ=ロボス:ブラジル風バッハ第4番 第2曲
Ⅴ. 岸田繁:オーケストラのための序曲「心の中のウィーン」
《第二部》
岸田繁:交響曲第二番
第一楽章
第二楽章
第三楽章
第四楽章
■リリース情報
岸田繁「交響曲第二番」初演、来春CD化決定
収録は、12月4日に開かれる愛知県芸術劇場コンサートホールでの公演。
CDの詳細については後日発表。
■関連リンク
岸田繁 オフィシャルサイト
「交響曲第二番」初演 岸田繁 オフィシャル インタビュー