くるり、『ソングライン』で証明した“うた”という本質 制作の歩みやレコーディングの特徴を解説
前作『THE PIER』から4年ぶり、通算12枚目となるくるりのオリジナルアルバム『ソングライン』がリリースされた。
4年、というインターバルはこれまででは最長だが、その間も彼らは書き下ろしの楽曲「ふたつの世界」を含むベストアルバム『くるりの20回転』(2016年)をリリースしたり、同じく書き下ろしの「How Can I Do?」を封入したBlu-ray/DVD『くるくる横丁』(2017年)をリリースしたりしているし、2016年には岸田繁(Vo/Gt)が京都市交響楽団の委嘱で『交響曲第1番』を作曲するなど、「制作活動」そのものは勢力的に行なっていた。またそうした活動、特に岸田がシンフォニーのスコアを書いたことは、本作にかなり大きな影響を及ぼしている。
筆者が先月、彼ら3人に行なったインタビューによれば、今回は骨子となるソングライティングの段階から、前作とは大きな違いがあったという。インスト曲「Tokyo OP」以外、全ての作詞作曲は岸田のクレジットになっているが、以前よりも自宅でのデモ作りを緻密に行ない、それを基にアレンジは構築された。ギターの弾き語りによる曲作りから、DTMを駆使したデモ制作へとシフトしたのは、2013年に彼が左手小指を大怪我したことがきっかけだったようだが、『交響曲第一番』の作曲を経て「対位法」を身につけた岸田は、メロディに対する和声(ハーモニー)、例えばベースラインがどう動いていて、トップノートがどこにあるかということなどを、これまで以上に気にするようになった。今回、ファンファン(Tp/Ch/Key)の演奏する管楽器が、前作のように厚くオーバーダビングされておらず、単音に近いフレーズが多いにも関わらず非常に存在感があるのは(例えば曲「その線は水平線」などが顕著だ)、おそらくそうした岸田のアレンジによるところが大きいのだろう。
また、今回のレコーディングでもう一つ新たな試みだったのは、いわゆるビンテージ機材をかなり多く使っていることだ。
岸田のソングライティングは、例えば今作では「その線は水平線」が90年代USグランジ〜オルタナティブを彷彿させるものだったり、「ソングライン」がThe Beatlesの「Dear Prudence」をオマージュしたアレンジだったり、「春を待つ」がはっぴいえんどや荒井由実に通じるフォークロックだったりと、かねてからルーツをしっかり感じさせるもので、彼曰く「今までは、そこに別の要素を加えてどう辻褄を合わせていくか? にトライしていた」のだが、今作では「曲が持つ時代背景」を、ビンテージ機材によってかなり忠実に再現している。
もちろん、それを単なる懐古主義的に終わらせないのがくるりたる所以。サウンドそのものの着地点はビンテージを目指しつつ、楽曲の構造や演奏している楽器をモダンにすることで、これまで聴いたことのないようなサウンドを作り上げている。例えば「春を待つ」は、屋敷豪太の叩くドラムがまるでリンゴ・スターのようなフレーズなのに対し、佐藤征史(Ba/Vo)は5弦ベースを重ねている。タイトル曲「ソングライン」は、思いつくアイデアを片っ端から入れた結果、100トラック以上の音が重なっているのだが(Pro Tools以降のレコーディング環境だからこそなし得るプロダクション)、それら全てを聴かせるためにドラムを片チャンネルに寄せる、60年代の「疑似ステレオ」的なミックス方法を採用している。繰り返しになるが、こうした「モダン」と「ビンテージ」の折衷が、本作の特徴にもなっているのだ。
アルバム全編にわたり、かなり綿密に計算されて構築されたアレンジなのかと思いきや、実はチャンスオペレーションに近い、「成り行きまかせ」でできあがった楽曲もあるという。「ソングライン」は先述のとおり「思いつくアイデアを片っ端から入れた」ものだし、「その線は水平線」は、壁のようなギターオーケストレーションが特徴だが、チューニングを落としてアンプを爆音で鳴らしたギターや、ハーフトーンのピックアップによる篭ったようなサウンドのギター、ギブソンのアコギ、さらに松本大樹の弾くレスポールのギターなどを次々と重ね、しかも一つずつ全く違う空気感で録音した結果、ところどころで音がぶつかり不協和音が生じてしまったという。それを「マスキング」するため、ハルモニウムをドローンのように鳴らしているのだが、この「成り行き」で入れたハルモニウムの11度の響きが、「隠し味」になっているのだ。
ところで、本作のタイトル『ソングライン』は、オーストラリアの先住民アボリジニを追ったイギリスの紀行作家ブルース・チャトウィンの著作から取られたものだが、「“ソング=うた”が連なったアルバム」という意味も込めて付けたという。そんなタイトルが象徴するように、今作は今まで以上にソングオリエンテッドな内容でもある。唯一、「Tokyo OP」だけがインストだが、ポリリズムを用いたこのプログレッシブな楽曲にしても、ギターのモーダルチューニング用練習曲から思いついたというリフからは、強烈に「うた」を感じさせまいか。
今年メジャーデビュー20周年を迎えたくるり。本作は、彼らの本質が「ソング=うた」にあるということを改めて証明してみせた作品なのだ。
■黒田隆憲
ライター、カメラマン、DJ。90年代後半にロックバンドCOKEBERRYでメジャー・デビュー。山下達郎の『サンデー・ソングブック』で紹介され話題に。ライターとしては、スタジオワークの経験を活かし、楽器や機材に精通した文章に定評がある。2013年には、世界で唯一の「マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン公認カメラマン」として世界各地で撮影をおこなった。主な共著に『シューゲイザー・ディスクガイド』『ビートルズの遺伝子ディスクガイド』、著著に『プライベート・スタジオ作曲術』『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて』『メロディがひらめくとき』など。
『ソングライン』
発売:2018年9月19日(水)
初回限定盤A(CD+Blu-ray)¥4,700(税抜)
初回限定盤B(CD+DVD)¥4,300(税抜)
通常盤(CD)¥2,900(税抜)
アナログ盤(2LP)¥5,000(税抜)
〈収録曲〉
1. その線は水平線
2. landslide
3. How Can I Do?(Album mix)
4. ソングライン
5. Tokyo OP
6. 風は野を越え
7. 春を待つ
8. だいじなこと(Album mix)
9. 忘れないように(Album mix)
10. 特別な日(Album mix)
11. どれくらいの
12. News
全形態共通 封入特典:
・柳樂光隆&岸田繁執筆ライナーノーツ掲載16Pブックレット
初回限定盤特典:
・くるりライブツアー「線」at Zepp Tokyo 2018.3.31
1. 東京レレレのレ
2. 東京
3. 愛なき世界
4. 飴色の部屋
5. ハイウェイ
6. ワンダーフォーゲル
7. Liberty&Gravity
8. Tokyo OP
9. スラヴ
10. 春を待つ
11. 忘れないように
12. ソングライン
13. ばらの花
14. Loveless
15. 虹
16. ロックンロール
17. ブレーメン
18. News
19. 琥珀色の街、上海蟹の朝
20. その線は水平線
■ライブ情報
『くるりワンマンライブ2018』
10月8日(月) 中野サンプラザ
10月9日(火) 中野サンプラザ
『くるりライブツアー2019』
5月11日(土) Zepp Osaka Bayside
5月12日(日) Zepp Fukuoka
5月18日(土) Zepp Nagoya
5月23日(木) Zepp Tokyo
5月24日(金) Zepp Tokyo