ローレル・ヘイローからマイルス・デイビスまで 小野島大のエレクトロニックな新譜10選
ドイツ・デュッセルドルフ出身のDJ/プロデューサー、ロコ・ダイス(Loco Dice)の新作が『Love Letters』(Desolat)。オリジナルアルバムは確か9年ぶりのはずです。中身はロマンティックなタイトルとは裏腹の、激渋なミニマル〜テック・ハウスを堂々と展開。この人にしかできない緻密に作り込み練り上げられたエスノトライバルでサイケデリックなサウンドは、テクノファンなら抗いがたいものがあります。
ジューク/フットワークの奇才RP・ブー(RP Boo)の3年ぶり新作『I'll Tell You What!』(Planet Mu)はμ-Ziq主宰の老舗<プラネット・ミュー>から。サンプリングを駆使した荒々しく生々しくダーティな漆黒のグルーヴは、スカスカの音の隙間からシカゴのゲットーのストリートのツンとした匂いが漂ってくるようで興趣満点。スティーヴィ・ワンダーの「Lately」を大胆にネタ使いした曲など彼の真骨頂です。お上品な歌ものハウスやオシャレなR&Bを聴いていると、時々こういうアンダーグラウンド発のローの効いた強烈な音を無性に聴きたくなります。
なおRP・ブーの秘蔵っ子として登場し鮮烈な印象を与えたジェイリン(Jlin)の新作も同レーベルから9月に発売を予定している模様。こっちも期待大です。
そして最後にこれを。マイルス・デイビス『ビッチェズ・ブリュー SACDマルチ・ハイブリッド・エディション』(ソニー)。今更説明の要もないジャズの帝王の1969年録音/リリースのアルバムです。マイルスがスライ&ファミリー・ストーンやジミ・ヘンドリックスなど当時の最先端のブラックミュージックに傾倒した頃の、いわゆる「エレクトリック・マイルス」期を代表する作品で、リリース当時は激しい賛否両論を巻き起こしましたが、今となっては歴史的名作という評価は揺るぎのないものでしょう。それを今なぜ今更、それもエレクトロニックミュージックの新譜を紹介するこの連載で取り上げるかというと、今回発掘された4チャンネル・クアロドフォニック・ミックスが凄まじいからです。聞き慣れた前方定位の2チャンネル・ミックスでの印象を根底から覆してしまうようなサラウンド立体音響のインパクトは強烈です。冒頭の「ファラオズ・ダンス」で、突き抜けるように吹かれたマイルスのトランペットが天空の彼方から四方のスピーカーの間を飛散するようにパンニングしていくときの衝撃は凄まじいものでした。そこには現在のフライング・ロータスまで通じる、サイケデリックでファンキーでアンビエントでコズミックで呪術的でマジカルで、現代的どころか未来的ですらある音楽が鳴っていたのです。当時SQ4チャンネル盤としてリリースされたこの音源を今でも持っていて、まして聴ける人はほとんどいないでしょうから、世界的に見ても極めて貴重な再発と言えるでしょう。
ただ残念なのは、自宅で5.1チャンネル環境を整えている人はそれほど多くはなく、ましてマルチチャンネルSACDを再生できる人はごく限られてしまうということです。せめて現在の最新のフィジカルメディアであるブルーレイディスクで出せなかったでしょうか。
■小野島大
音楽評論家。 『ミュージック・マガジン』『ロッキング・オン』『ロッキング・オン・ジャパン』『MUSICA』『ナタリー』『週刊SPA』『CDジャーナル』などに執筆。Real Soundにて新譜キュレーション記事を連載中。facebook/Twitter