『逃げ恥』『リゼロ』手掛けた音楽作家・末廣健一郎が明かす『少女終末旅行』劇伴に込めた工夫

『少女終末旅行』劇伴の工夫

 2016年にヒットしたドラマとアニメをそれぞれ挙げるとすれば、『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)とTVアニメ『Re:ゼロから始める異世界生活』の名前が真っ先に出てくるだろう。一見共通点のないように見える2作だが、その両方で劇伴を手掛けているのが、音楽作家・末廣健一郎だ。

 作曲家から劇伴作家へと転身し、今年に入ってからも数々のヒット作を手掛ける彼は、今クール放送中のなかでも評価の高いアニメ『少女終末旅行』においても、その手腕を存分に発揮している。リアルサウンドでは、12月20日に同作のサウンドトラックが発売することを記念し、彼にインタビューを行った。バンドマンだった末廣が劇伴作家を志したきっかけや、『少女終末旅行』劇伴に込めた工夫、自身の目指す音楽作家像などについて、じっくりと話を聞いた。(編集部)

「『空気の情報量』は、二次元と三次元で少し違う」

ーー末廣さんは作曲家から劇伴作家へと転身しているわけですが、その経緯から訊かせてください。

末廣健一郎(以下、末廣):元々バンドをやっていたんですけど、それも趣味に毛が生えた程度でしかなくて。音楽に本気で取り組んだときから、劇伴作家になりたいと思うようになりました。キャリアを重ねるにあたって歌ものやキャラソンをやってきたのは、あくまで修行の一環と捉えていました。

ーー映画音楽の中でのどういう部分に魅力を感じたんですか。

末廣:一言で語るのは難しいんですけど、歌よりもインストに自分が注目して聴いてることの方がそもそも多くて。バンドの曲でも、アルバム冒頭に入ってるインスト曲が好きだったり、次第にボーカルの入ってないブラスバンドを聴くようになりました。そこから当時見ていた映画やドラマの後ろで流れてる曲が良いなと思って、「映画の音楽を作れたら楽しいのかな」と考えるようになったんです。自分の好きなエンニオ・モリコーネや久石譲さんの劇伴を聴いて、本気で音楽作家を目指すようになりました。

ーーちなみに、モリコーネの中でも1番ガツンと衝撃を受けた作品は?

末廣:初めて見たのが『ニュー・シネマ・パラダイス』だったので、その影響は大きいですね。そこから掘り下げていって、モリコーネの作風の原点になった『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』が大好きになりました。

ーー2016年はドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』にTVアニメ『Re:ゼロから始める異世界生活(以下、リゼロ)』と、劇伴で関わられた作品のいずれもが大ヒットすると言う現象が起きました。末廣さんにとって昨年はやはり大きな転機でしたか?

末廣:そうですね。人に覚えてもらえる作品に出会えたというのは本当に大きいなと思っていますが、とはいえどの作品も、同じように労力をかけて毎回必死で作ってるので(笑)。そういう意味で、自分のやってることはそんなに変わらないです。もちろん、それらの作品を通じて新たにお仕事をいただけてとても嬉しく思っています。

ーー末廣さんはアニメ・ドラマ・映画と多岐にわたる劇伴を手掛けています。それぞれにおける明確な違いはあるのでしょうか。

末廣:一応、アニメと実写で頭の中で分けてはいます。映像の持ってる「空気の情報量」は、二次元と三次元で少し違うと思っているんです。アニメの方が、音楽的な情報量を過剰にすると成立しやすいと考えています。ただ、実写でも過剰に音楽を入れなければならない場面も存在しますし、わざと「アニメっぽく」という発注もあるので、一概にどうこう言えない時代になってきているような気がします。

ーーある意味で、ボーダーが無くなってきているともいえる。

末廣:そうですね。僕は普段ドラマや映画のお仕事をやらせていただいていますが、アニメの劇伴で声をかけていただけたのは、「ドラマ的なもの」を求めてくれているからだと思うんです。だからこそ、あまりアニメに寄せすぎないようにしています。

ーー『リゼロ』の劇伴は、まさにそうですよね。実写映画の超大作を見ているかのようなスケール感がありました。

末廣:『リゼロ』に関しては、渡邊政治監督から「アニメっぽさは意識せずに、ドラマを作るような感じでお願いします」という発注もありましたからね。

ーー今クールの『少女終末旅行』は、明田川仁さんや若林豪さんなど、『リゼロ』チームが再集結したアニメで、末廣さんも劇伴で参加しています。ディストピア的な世界観と2人の少女のユルさが生み出す緊張と緩和は、末廣さんの音楽によってさらに効果的に演出されてるように感じます。

末廣:同じチームに呼んでいただけて大変嬉しかったです。ただ監督も違いますし、同じチームだからこそのプレッシャーもありましたし、緊張はしましたね(笑)。

ーー基本的には暗いトーンの楽曲がメインになっていますが、音楽の方向性はどのように決めていったのでしょうか。

末廣:打ち合わせをする前に原作を読ませていただきました。とにかく感情の起伏がないし、主人公たちを取り巻くのは廃れた文明だし、本人たちが持ってる情報も少ないので、「これ、音楽が鳴っている必要があるのかな?」と思ったんです。鳴っていたといても、相当無機質な曲が合うのかなと。

ーー最小限の音楽演出を想定していたということですね。

末廣:ブライアン・イーノ的なアンビエントミュージックも想定していたんですけど、いざ打ち合わせをしてみたら「電子楽器はなるべく使わないで欲しい。生楽器でまず作って欲しい」というお願いでした。明田川さんからも「空気感を大事にした会話の間の取り方をする予定だから、女性コーラスを使った曲を3〜4曲用意して欲しい」と。監督からも「あまり暗くしたくない」というリクエストがあったんです。

ーーご自身の考えていたものとは違っていたわけですね。

末廣:そこはかなり悩みました。自分の想定していた音楽と、監督の向いてるベクトルを重ね合わせて、調整していきました。作りながらも「明るくしなきゃ!」という意識が常に頭のなかにあって。

ーー制作を進めるなかで、全体像がはっきりと見えてきたのはどの段階でしょうか。

末廣:メインテーマとM1とM2が完成したことで、ようやく見えてきました。M1、M2はなかなかできなかったんです、本来は先にできそうなものなんですけど。

ーー劇伴でいう“日常”曲、つまり最も使われる楽曲ですよね。

末廣:はい。主人公のチトとユーリの日常はロードムービーのようで、ケッテンクラートに乗って常に前に進んでいるんです。時間もゆっくりだけど経過しているわけで。そのなかで「温度は低いけどシーンを演出できて、長く流れていても飽きない曲で、明るさもある」という条件をクリアするのがすごく難しくて。

ーー出てこなかったのはその「前進している感じ」ですか。

末廣:そうですね。「ものすごく静かでゆったりだけど進んでる時間軸」がうまく表現できなかったんです。突破のきっかけになったのは、打ち合わせのときにもらった「生楽器でやって欲しい」という一言でしたね。あとは女性コーラスの存在も大きかったです。

ーー生楽器の明るさといえば、「チトとユーリのテーマ」のように、木琴が入っているのも特徴的ですよね。ただキラキラした明るいものではなく、少し虚しさも感じる音色で。

末廣:普通の女の子の日常とはまた違った世界観の作品なので、そこに合う楽器を探したときに、木琴がハマるんじゃないかなと。

ーー“日常”曲を作るうえで苦戦したということですが、普段はそこまで手こずったりしないですよね?

末廣:そうですね。普段は使いやすさや切りやすさを意識して、温度感をあんまりつけすぎないような曲を作るんです。でも『少女終末旅行』に関しては、先ほど話した悩みのほかに、使う長さについて考えていて。

ーー長さ、ですか。

末廣:原作を読んだ上での予想だったんですが、あまり切らずに長回しで使うんだろうなと思ったんです。なので、基本的に全曲長めに使えるものを作りました。

ーーそれは『リゼロ』で明田川さんと組んだ上での経験値も大きかった、ということですか。

末廣:いえいえ、今年の夏に別の作品でご一緒したときは、シーンに合わせて短く使われていたので、やはり『少女終末旅行』という作品の世界観が強いんだと思います。音楽をパシッと切って次のシーンに、みたいな雰囲気の作品じゃないですよね。

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