アルバム『Q』発売記念対談
女王蜂は“異端”にして“ポップ”であるーー担当プロデューサー×柴那典が語るデビューから『Q』まで
女王蜂が4月5日にアルバム『Q』をリリースした。『奇麗』以来、約2年ぶりのアルバムとなる今作では、DAOKOをフィーチャリングに迎えたダンスチューン「金星 Feat.DAOKO」など、全9曲が収録されている。
2011年、メジャーデビューのタイミングで映画『モテキ』のテーマソングに「デスコ」が起用、そしてにバンド自身も映画に出演し、それ以降シーンのなかで大きな存在感を発揮してきた女王蜂。5枚目のフルアルバムとなる『Q』は、ボーカルのアヴちゃん自身も「最高傑作」だと断言しているという。
今回、リアルサウンドでは、所属レーベルであるソニー・ミュージックアソシエイテッドレコーズのチーフプロデューサー薮下晃正氏と、音楽ジャーナリスト柴那典氏の対談を企画。ゆらゆら帝国やスチャダラパー、真心ブラザーズ、フジファブリック、凛として時雨などの音楽ディレクションを歴任、女王蜂をデビュー前からサポートしてきた薮下氏と、女王蜂の東京初ワンマンを目撃し、それ以来その活動を追ってきた柴氏。それぞれの立場から、女王蜂との出会いや彼女たちのシーンでの立ち位置、アヴちゃんの作家性、そして最新作『Q』に至るまで、じっくりと語ってもらった。(編集部)
「女王蜂は、『デスコ』でポップネスを獲得した」(薮下)
薮下晃正(以下、薮下):僕が初めて女王蜂の存在を知った時は、YouTubeで公開されていた映像をきっかけに、「神戸のバンドでやばいバンドがいる」と話題になっていました。コーネリアスの小山田圭吾さんや、ゆらゆら帝国の坂本慎太郎さんが「女王蜂の『デスコ』って曲、やばいですよ」みたいに言っていたのもあり、気になって。初期の女王蜂はライブで木魚を叩いたり、かなりぶっ飛んでるシュールなパフォーマンスだったと人づてに聞いていて、当時は「メジャー向きじゃないのかな?」と勝手に先入観をもってたんですけど、偶然大阪のフェスで初めてライブを観る機会があって、その時期には音楽的に急成長してたんですよ。「デスコ」の前は、オルタナティブで、ダークで近寄りがたいグループだったのが、「デスコ」でポップネスを獲得して、非常にキャッチーなポテンシャルを持っていました。ポストロック的というか、パンクやガレージ、ダンス、グラム、昭和歌謡みたいな色々な要素がごった煮になっていて、「うわ、これカッコイイ!」と興味を持ってメンバーに接触したのがきっかけです。ちょうどその時、僕はミドリの担当としてその現場に行っていて、女王蜂はサブステージだったので、真夏の屋外フェスで楽屋が用意されていないことにアヴちゃんが怒っていて(笑)。
柴 那典(以下、柴):はははは。
薮下:それでミドリの楽屋を女王蜂に貸してあげたのが最初の出会いですね(笑)。2010年のフジロックのROOKIE A GO-GOのステージを観たヒステリックグラマーの北村信彦さん(同ブランドのデザイナー)も衝撃を受けて、その後の東京のヒステリックグラマーのパーティーに呼んだんですよ。そこで、東京のカルチャーシーンのキーマンたちがみんな女王蜂を初めて体験した。その中には大根仁監督もいて、後の『モテキ』の出演にも繋がって行くんです。
柴:僕はその後の2011年の2月、渋谷のclub asiaで行われた東京初ワンマン(「魔女ミサ」)で、初めて女王蜂を目撃しました。今薮下さんがおっしゃった通り、客席には業界人がたくさんいた印象があります。その時点で、僕のところにも「とんでもないのがいるぞ」という噂が人づてで伝わってきていた。これは観ないとダメだというムードがありましたね。で、実際にライブを観てひっくり返ったという。
薮下:当時は神戸在住だったので、東京でのライブがほとんどなかったですからね。
柴:はい。その時点で、女王蜂というバンドとして、ある種完成している印象でした。その時にライブレポートを書いたので個人的にすごく覚えてるのが、音がめちゃくちゃデカかったことですね。シューゲイザー的な轟音というよりはノイズの轟音で、爆音だった。
薮下:その頃の女王蜂は強迫観念の塊という感じでしたから。ベースのファズを踏んだ瞬間に鼓膜が破れるぐらいの爆音で、「こんなんでやってたら難聴になるよ」って言っても、「これじゃなきゃやだ!」みたいな。攻撃的で、ピリピリしてて。常に爆音じゃないと落ち着かないみたいな、異常な音量でしたよね。
柴:その後My Bloody Valentineの耳栓が配られた復活ライブを見たんですけど、あれの方が耳に優しかった(笑)。
薮下:(笑)。強力な野性味というか、ここで全て終わってもいい、今日ここで死んでもいいぐらいの覚悟があったと思います。刹那的で、そこが女王蜂の魅力でもあるんですが。
柴:当時はみんな、このバンドはそんなに長くは続かないだろうと思ったのではないでしょうか。例えばミドリも最初に観た時から刹那的で、あっという間に終わっちゃうかもしれないという魅力はありましたね。
薮下:そうですね。ミドリもそうですし関西には何かしらそういうところがありますよね。あふりらんぽやボアダムス、N’夙川BOYSも、ものすごくオルタナティブで先鋭的なことをやってるんだけど何故かポップに見える。女王蜂も本人たちはいつ死んでもいいぐらい前のめりなんだけど、見え方的には極めてポップに映っていたと思います。
柴:確かに。関西ならではなんでしょうね。魅力的にはみ出しちゃう人たちがいる。でも、その中でも女王蜂は最初からメイクもばっちりだし、この世の人間じゃないような、異世界感が最初からあった。年齢も素性もわからないけど、エンターテイナーとしての矜持みたいなものを感じました。
薮下:僕としては、「デスコ」は、作家として、シンガーソングライターとしてのアヴちゃんの非凡な才能の片鱗が垣間見えた曲でした。一見、異端ではあるけど、アーティストとしての豊潤な才能の芽生えを感じたんです。あと、僕が面白いと思ったのは、女王蜂は当時から独特の美学に裏打ちされたかなりインパクトのあるビジュアル・イメージにも強く固執していて、煌びやかなライブ衣装もアルミホイルやガムテームで常にDIYしてたり、メジャー1st『孔雀』のフォトセッションでは特殊メイクで背中に杭を刺したり、孔雀の羽根を顔に貼り付けたりしていた。のちのレディー・ガガとかFKAツイッグスといった海外の先鋭的R&B系の人たちにもそういうタッチのシュールなビジュアルが流行って、女王蜂って少し先に行ってたのかなと思ったり、何やら共時性を感じました。
柴:そのマインドとファッション、アート性みたいなところで通じ合うところはありますよね。
薮下:意外と女王蜂のそういう部分って無自覚なんだけど、海外のロックやファッションのトレンドとも妙にシンクロして来ているように感じることが多々ありますね。
柴:なるほど。僕はその初ワンマン以降は、フェスで女王蜂を観ることが多くなりました。今振り返ると、2013年頃の日本のロックシーンは、いろんな趨勢が切り替わったタイミングだったと思うんです。ひとつはももいろクローバーZやでんぱ組.incなどの女性アイドルグループがフェスに出るようになり、ロックファンに浸透してフェスの中でも勢力を拡大していった。その一方、ロックバンドも、KANA-BOON、KEYTALK、キュウソネコカミのような、お客さんと一緒に盛り上がるパフォーマンスを意識したバンドたちがどんどん勢いを持って人気を増やしていったのもその頃でした。でも、女王蜂はそのふたつのムーブメントのどちらにも属さない。明らかに孤高だし異色のまま我が道を進んでいたイメージです。
薮下:おそらく、映画『モテキ』に抜擢されたことによる影響もあるかと思います。女王蜂もN’夙川BOYSも、何処にも属さない非常に個性的なグループでありながら『モテキ』への出演を経て、新しいポップカルチャーとしてエスタブリッシュされた感がありますね。
柴:なるほど。『モテキ』に抜擢されたバンドの代表はフジファブリックですよね。(フジファブリック「夜明けのBEAT」は、映画、ドラマともに『モテキ』のテーマソング)。実は、彼らが当時すごく象徴的なことを言っていました。フジファブリックはもともとThe Bandなどスタンダードなロックの素養のあるバンドなのですが、今の編成になってから2013年にリリースした『FAB STEP』で明確にディスコビートに乗り出した。その時に彼らにインタビューしたんですが、「今のフェスのお客さんにアジャストするためにはディスコ本来のBPM120くらいのテンポではダメで、BPM140以上にしないと盛り上がらないことを実地で学んだ」と言っていたんですよね。ちなみに「夜明けのBEAT」のBPMがだいだい150。だから、フジファブリックの「夜明けのBEAT」が、ここ数年のフェスの潮流を作ったひとつの源流とも言える。
薮下:確かに「夜明けのBEAT」によって、踊れるロックとしてリマインドされたというのはあると思います。そこから今の形にどんどんシフトしていく流れが確実にありますよね。実はフジファブリックも僕が担当なのですが(笑)。
柴:00年代後期は、ロックはもっと刹那的で自己破壊的、カタルシスのものだった気がします。女王蜂も、初期の作品の魅力のひとつとしてカタルシスがあったと思います。特にアルバムの最後の曲ですね、「燃える海」(『孔雀』収録)とか。
薮下:そうですね。Radioheadの「Creep」的な曲というか、実はとてもエモーショナルで本当に感動的な胸に沁みる曲なんですよね。女王蜂は当初のエキセントリックな印象が強かったから、ゴシックっぽかったり、あるいはおどろおどろしい昭和の歌謡曲的なイメージが先行してるとは思うんですが。