くるりの「琥珀色の街、上海蟹の朝」に隠されたメッセージ オフィシャルインタビューから分析

 結成20周年を迎えるくるりが、9月14日にベストアルバム『くるりの20回転』をリリースする。その直前作である『琥珀色の街、上海蟹の朝』について語った岸田繁と佐藤征史のオフィシャルインタビューが公開中だ。同インタビューでは、「琥珀色の街、上海蟹の朝」のサウンドと歌詞を生んだ現在の彼らの創作スタンスに加え、くるりの音楽性の変遷についても語られている。今回のコラムでは、そのオフィシャルインタビューを手がけた金子厚武氏が、くるりの歌詞における最新モードを分析した。(編集部)

 今年結成20周年イヤーのくるりが新作『琥珀色の街、上海蟹の朝』を発表した。〈上海蟹食べたい あなたと食べたいよ〉という印象的なサビの動画がInstagramにアップされた時点で大きな話題となっていた表題曲は、これまで多彩な楽曲を生み出してきたくるりが20年目にして初めてR&B/ヒップホップのフォーマットを用いた楽曲。佐藤征史をはじめ、クリフ・アーモンド(Dr)、野崎泰弘(Key)、松本大樹(G)といった今年の「NOW AND THEN」のツアーメンバーでもあるプレイヤーたちがそれぞれのプレイヤビリティを発揮し、そこに岸田繁の手によるオーケストラアレンジが加わり、さらにはゲストボーカルとしてUCARY & THE VALENTINEを迎えることで、実にくるりらしい独創的な一曲に仕上がっている。

 本作がリリースされた約一か月ほど前、岸田はTwitterでアナログフィッシュが昨年発表し、先日ミュージックビデオが公開された「No Rain (No Rainbow)」を紹介した上で、このように述べている。

岸田:アナログフィッシュみたいに、愛についての真摯な表現をしてる歌詞を書く人のことをとても素敵だと思う。背筋が伸びる。愛についてしか歌いたくない身からすると。

 「No Rain (No Rainbow)」という曲は、男女の些細なやり取りを歌詞の軸としていて、「この幸せの代償に何を支払うんだろう」という「僕」の問いに、「君」が「何も支払う必要なんてないの。雨が降った後にかかる虹のようなものよ」と答えたり、居酒屋に対して愚痴る「僕」に、「ただ好きなだけでこれはサービスではないの。ただ美しいだけで虹は雨の対価ではないでしょ」と「君」が答えるといった印象的なやり取りを経て、最後には「君に何かしてあげたい」と繰り返される。この最後の歌詞について、作詞者の下岡晃は「流れで書いてたら出てきて、自分でもびっくりしました。『こんな結論になるんだ』って。でも、僕が求めてた結論に近かったから、自分の中で今回(のアルバムで)一番よく書けた詞ですね」と答えているが、経済のシステムで全てが左右されてしまいがちなこの世界において、「無償の愛」を歌ったようなこの曲のフィーリングはとても豊かに感じられた。

 そして、この「No Rain (No Rainbow)」に似たフィーリングを持ち、なおかつ、それぞれが「花束」をモチーフとした楽曲が、2016年の上半期に3曲発表されている。宇多田ヒカルの「花束を君に」、元andymoriの小山田壮平と長澤知之を中心に結成されたALのデビューアルバム『心の中の色紙』のラストナンバー「花束」、そして、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文ことGotchのセカンドソロアルバム『Good New Times』の表題曲で、この曲では〈花束を抱えた少年が向こうから駆けてくる そんな将来を願わずにいられないでしょう〉と歌われている。

 この3曲に共通しているのは、困難な現実の状況を受け止めた上で、それでも音楽の力で花束を贈るようなポジティヴなムードを作り出そうとしている点だ。〈どんな言葉並べても 真実にはならないから 今日は贈ろう 涙色の花束を君に〉と歌う「花束を君に」と、〈いつかの涙に花束をあげるよ 今日の嘘も抱きしめるよ どこにいても〉と歌う「花束」からは明確なリンクが感じられるし、〈少女が泣いていた 街は灰色のままさ〉と歌った上で、〈君が閉ざす窓 今夜も誰かが叩くだろう 抜け出してハグしよう〉と歌う「Good New Times」にしても、やはり困難の上で「それでも」というフィーリングが感じられる。三者共にこれまでもディープに「生と死」に向き合ってきた表現者であり、近いテーマの曲はこれまでも作ってきたと言えるかもしれないが、それにしてもこのタイミングでのシンクロニシティからは、時代を表しているように思わずにはいられなかった。

 では、「琥珀色の街、上海蟹の朝」の話に戻ろう。この曲は〈目を閉じれば そこかしこに広がる 無音の世界 不穏な未来〉というヴァースの歌い出しからして、くるりの曲としてはいつになく辛辣で、ある種のネガティヴィティすら感じさせるワードが並んでいるのが特徴であり、〈ずっと泣いてた君はプレデター 決死の思いで起こしたクーデター〉といったラインが、2016年との強いリンクを感じさせる。そして、その上で〈俺は君の味方だ〉〈君はもうひとりじゃないから〉という強い言葉を用い、さらには例の〈上海蟹食べたい〉というコーラスが出てくる構成になっている。この曲が醸し出す感覚はやはり前述した「花束」をモチーフとした3曲に近いものがあり、佐藤のこんな言葉がそれを裏付ける。

佐藤:すごく個人的な話で言うと、昔から四つ葉のクローバーを探すのが好きで、ずっと集めてたんですけど、最近それを持ち歩くようになりまして、大変そうな人を見つけたら、あげようと思ってて(笑)。そういう感覚と〈上海蟹食べたい〉ってサビは、すごい繋がる気分やなって思うんですよね。

 ここで佐藤の言う「四つ葉のクローバー」は、彼にとってのごくごくパーソナルな「花束」なのだと言っていいだろう。そして、この感覚を「上海蟹」という一見突拍子もないワードを用いて表しているところが何ともくるりらしいわけだが、この「上海」というモチーフについて、岸田は家族の関係で小さい頃よく中国に行っていたこと、上海万博のときにひさびさに行って、街の変化に驚いたことを踏まえて、このように語っている。

岸田:昔思ってたシティ感、キラキラした、バブリーな感じとか、泥臭さを感じさせないものって、今の若い人たちから見て、もはや幻想ですらない時代に差し掛かってる感じがするんですよ。例えば、都市文化、街角文化的なものが、インターネットやSNSに取って代わられてる印象もありますし、東京っていう都市の象徴みたいなものの実体もかなり危うい、あるいは見えにくい状況やなって。/ただ、ポップミュージックって、何らかの幻想を歌うこと、みんなの憧れを歌うことって、魅力のひとつやと思ってて、じゃあ、今それは何なのかっていうのは、自分の中の深いテーマなんですよ。/そういう中で、今回は場所が見えるようにしたいと思って、それで「上海」が出てきたんですよね。/かつてのバブル期の日本とか、あるいはそっからしばらくの、僕らが初めて上京した頃の東京の街が持ってた超ポジティヴなムードとか、そういうのをすごい(万博当時の上海から)感じたんです。さっき「幻想」って言いましたけど、都市的な幻想を抱きやすいポジションではあったなって感じですね。

 つまり、曲の中にポジティヴな幻想としての街を立ち上げようとしたときに、岸田にとってそのモチーフに適していたのが現代の「東京」ではなく、ノスタルジーも含めた「上海」だったというわけだ。岸田は「No Rain (No Rainbow)」を紹介するときに、「コレがホンモノの2016年のシティポップやわ」というコメントも寄せているが、「琥珀色の街、上海蟹の朝」もまた、くるりなりのシティポップという言い方が可能だろう。

 「上海蟹」と「花束」。モチーフはそれぞれでも、困難多き時代の中で「何かしてあげたい」という尊い想いの重要性を歌う真摯な表現者たちの楽曲が、多くの人に聴かれて欲しい。

(文=金子厚武)

■くるり『琥珀色の街、上海蟹の朝』スペシャルインタビュー
http://quruli.net/kohakushanghai_interview/

くるり『琥珀色の街、上海蟹の朝』

■リリース情報
『琥珀色の街、上海蟹の朝』
発売:2016年7月6日
【初回盤(CD+Bonus CD)】 ¥2,000(税込)
【通常盤(CD)】 ¥1.200(税込)
〈収録曲〉
M1:琥珀色の街、上海蟹の朝
M2:Hello Radio (QURULI ver.) ※Japan Fm League×TSUTAYA ACCESS!キャンペーンソング
M3:かんがえがあるカンガルー ※NHKみんなのうた(2016年2月・3月)
M4:Radio Wave Rock ※NHK FM「くるり電波」2016テーマソング
M5:Chamber Music from Desert ※NHK FM「くるり電波」2015テーマソング
M6:BluebirdⅡ(ふたりのゆくえ) ※土岐麻子へ提供曲「ふたりのゆくえ」セルフカバー

NOW AND THEN DISC ※初回限定盤のみ付属

01.TEAM ROCK
02.ワンダーフォーゲル
03.愛なき世界
04.GO BACK TO CHINA
05.トレイン・ロック・フェスティバル
06.THANK YOU MY GIRL
07.男の子と女の子
08.水中モーター
09.WORLD’S END SUPERNOVA
10.C’mon C’mon
11.永遠
12.ばらの花
13.リバー
14.カレーの歌
15.ブレーメン

オールタイムベスト『くるりの20回転』
発売日:2016年9月14日(水)
初回限定盤(CD3枚組+デジパック仕様+豪華・特典ブックレット+スリーブケース)¥3,700+税
通常盤(CD3枚組)¥3,500+税
<収録曲>
【Disc-1】
東京

青い空

春風
ワンダーフォーゲル
ばらの花
リバー
ワールズエンド・スーパーノヴァ
男の子と女の子
HOW TO GO

【Disc-2】
ハイウェイ(LA mix)
ロックンロール 
Birthday 
Superstar 
赤い電車 
Baby I Love You 
Juice(くるりとリップスライム)
五月の海
Jubilee 
言葉はさんかく こころは四角(single ver.)
さよならリグレット 
三日月 
愉快なピーナッツ 

【Disc-3】
シャツを洗えば(くるりとユーミン)
魔法のじゅうたん 
奇跡          
石巻復興節 
my sunrise 
everybody feels the same 
Remember me 
ロックンロール・ハネムーン
最後のメリークリスマス 
Liberty&Gravity 
There is (always light) 
ふたつの世界(TV ver.)
かんがえがあるカンガルー 
琥珀色の街、上海蟹の朝 

7inch『琥珀色の街、上海蟹の朝/ Hello Radio(QURULI ver.)』
発売日:2016年8月17日(水)
※HMV record shop渋谷では2016年8月10日(水)より先行発売
価格:¥1,600+税
<収録曲>
SIDE1/琥珀色の街、上海蟹の朝
SIDE2/Hello Radio(QURULI ver.)

■ライブ情報
『京都音楽博覧会2016 IN 梅小路公園』
公演日:2016年9月18日(日)
場所:京都・梅小路公園 芝生広場(JR・近鉄・地下鉄京都駅より徒歩15分)
出演:くるり/Tété/矢野顕子/Mr.Children/QURULI featuring Flip Phillip and Ambassade Orchester
京都音博オフィシャルサイト

『NOW AND 弦』
公演日:2016年9月20日(火)、9月21日(水)
場所:東京・オーチャードホール
出演:QURULI featuring Flip Phillip and Ambassade Orchester

■関連リンク
オフィシャルHP
http://www.quruli.net/

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