つんく♂『だから、生きる。』が語るものーー愛すべき人柄と音楽家としての矜持を読む

つんく♂の作家性

 今まで手がけてきた楽曲は1700曲以上にのぼるという。その数は、古賀政男や筒美京平など、日本歌謡を造ってきた巨匠たちに匹敵する。もっとも、ハロプロのプロデューサーという前提があるので、通常の作家とは単純な比較が出来ないわけだが、楽曲郡にみる多岐に渡るジャンルの幅広さと、質と量の両立という意味では褪色ないといっても言い過ぎではないだろう。

 日本の音楽は古くから「マイナー(短調)が多い」と言われている。ただ、それは西洋音楽の理論上に当て嵌めたものだけのものであって、「キィ(調)」や「スケール(音階)」といった尺度では計り知ることが出来ないものがある。単に「マイナー=暗い」というものではない、“哀愁”や“抒情”といった表現もあり、演歌や歌謡曲、四畳半フォーク、古くは童謡に至るまで、“和”を感じる土着化した文化である。

 たとえば、シャ乱Q「ズルい女」、モーニング娘。「サマーナイトタウン」は“マイナー”の楽曲だ。日本の伝統的な歌謡メロディーを感じるとは思うが、「暗い」とは誰も思わないだろう。むしろ「ノリの良い楽曲」と感じるのではないだろうか。メロディーやコード進行だけではない、リズムやテンポ感から起因する音楽要素である。悲しいメロディーに明るめのアレンジを施したり、楽しい歌詞を乗せることは、日本人独特の感性とも言われ、海外から見た“邦楽”の面白さのひとつでもある。ピアノやギターといった西洋楽器と違い、三味線や琴などの和楽器はコード(和音)を奏でるために作られていないことも起因しているはずだ。民俗的な本能として、伴奏やアレンジの捉え方が少し違うのかもしれない。

モーニング娘。 『サマーナイトタウン』 (MV)

 「サマーナイトタウン」には、ラテンの要素が盛り込まれている。アレンジやサウンドといった表面的なものではなく、リズムとノリとして。つんく♂がリズムにとことんこだわるのは、あくまで歌で成立させるところだろう。ボーカリストならではの武器である。

 ラテン音楽やタンゴといった海外の音楽は、古くから日本でも愛されてきた背景がある。特に戦後は“ムード歌謡”といったブームも起こり、ロックやポピュラー音楽よりも古く馴染みが深い。洋楽というわけではなく、海外音楽の邦楽化という昇華である。現代でももちろん、アレンジの手法としてそうしたジャンルが用いられることも多いが、つんく♂楽曲を紐解いてみるに、表面的要素ではなく、歌詞、符割り、リズムをメロディーラインに落とし込み、歌だけでラテンやタンゴを成立させている楽曲も多く存在しているのである。

Juice=Juiceの『裸の裸の裸のKISS』はラテン、『ブラックバタフライ』はタンゴ、つんく♂流の“海外音楽の邦楽化”としての真骨頂

 演歌の世界ではビブラートとは別に「こぶし(小節)をきかせる」という独特の歌唱法(1つの音節を何小節にも引き伸ばし、拍節感を曖昧にする)が用いられるが、そういった譜面上では説明できないニュアンスを、音楽理論とは別の解釈で示唆しているのが、いわゆる“つんく歌唱”であり、独自の“リズム論”でもある。ハロプロにおいては自らを手本として実際に歌い、継承してきた。今となってはそれは難しいことになってしまったが、つんく♂自らが企画提案した任天堂のゲームソフト『リズム天国』という新たな形で提唱している。現に病気発覚後に取り組んだ『リズム天国 ザ・ベスト+』を今年6月に完成させており、リトミックなどの音楽教育と並び、音楽理論や譜面とは別の新しい音楽解釈の形として、今後ますます注目すべきところであるだろう。

 振り返れば、つんく♂は常に自分のスタンスを変えなかった。時流に流されることなく、むしろ切り開いてきた。アイドルブームが訪れ、その価値観が大きく変わろうと、自分を貫いてきた。今でもなお、ハロプロがアイドルシーンにおいて一目置かれているのも、そうしたつんく♂の信念と矜持があったからこそだ。それはこの先もずっと変わらないだろう。

 「僕にしかできないこと」として今後の活動を見据えている。前向きに考えれば“ハロプロ総合プロデューサー”という、ある種の“縛り”がなくなったことにより、作家としての幅は拡がるとも考えられる。最近では、テレビアニメ『ルパン三世』のエンディングテーマである石川さゆり「ちゃんと言わなきゃ愛さない」の作詞をはじめ、Kis-My-Ft2の11月発売のニューシングル「最後もやっぱり君」、そして、いち作家として関わることになったハロプロにおいても、モーニング娘。’15「One and Only」の作詞作曲を全編英語詞で手掛けたことが先日発表された。“一回生”として新たな音楽家としてのスタートは始まっている。

 先日放送されたNHK番組『NEXT 未来のために「“一回生”つんく♂ 絶望からの再出発」』で手術後初めてインタビューに応じた。「どもー、つんく♂でーす」とあの軽快な声が存在しない、“声のないインタビュー”。その姿とどこか堅い表情に、改めてなんとも言えない気持ちになったが、肝心なところで筆談の文字を打ち間違えたり、食道発声法を「ロックな感じがしないから」と断る姿に、相変わらずの“らしさ”を感じた。そう、何も変わっちゃいないのだ。

■冬将軍
音楽専門学校での新人開発、音楽事務所で制作ディレクター、A&R、マネジメント、レーベル運営などを経る。ブログtwitter

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