初音ミク生みの親=クリプトン伊藤博之社長インタビュー「今は“いかに狭く売るか”という試みが大事」

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 音楽文化を取り巻く環境についてフォーカスし、キーパーソンに今後のあり方を聞くインタビューシリーズ。第3回目は、ボーカロイド「初音ミク」の生みの親としても知られるクリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長が登場。「初音ミク」がここまでの支持を集めた理由や、クリエイターの新しいあり方とその支援方法、さらには初音ミクのコンサートと展示スペースなどを併催した一大イベント『マジカルミライ』について、存分に語ってもらった。

「初音ミクというドリルで堀った先に資源があった」

――クリプトン・フューチャー・メディア社が北海道札幌市で設立されたのは1995年。インターネットの黎明期ですね。

伊藤:Windows95が出た年、つまり一般の人が使えるパソコンが出た年です。このときはお客さんも東京にいたため、東京に拠点を構えたほうが圧倒的にメリットが大きかった。しかし、あえて札幌にとどまりました。通常であれば商品のPRをするために、営業マンを東京に派遣するんですが、「今後はインターネットでPRしていくことが主流になってくるだろうから、北海道でも仕事ができる」と考えたんです。そこで、インターネットのことを勉強し、北海道で最初にOCNの専用回線を引いて、サーバーを立ち上げました。「北海道でやると決めた以上、発信するためにはインターネットを活用しよう」と発想をシフトできたことは、田舎にいたおかげなのかもしれません。

――その予見は当たり、今やインターネットは生活に欠かせないインフラとなりました。

伊藤:そうなると考えていましたし、インターネットが社会のインフラになるという前提であれば、産業はインターネットの作法にしたがわなければ死んでしまうと思いました。音楽の場合は原盤というものがありますが、「コピーできるものはことごとくコピーされる」ということがインターネットの作法であり、コンピューターを使う以上、避けては通れない仕様のようなものです。プロテクトすることはできますが、それをまた掻い潜ることもできるため、あまり効果がない。コピーされないことを前提とするビジネスは、「それは仕様なので仕方がない」としたうえで組み立てていかなければならないと思っています。僕はその答えを持っているわけではなく、音楽ビジネスはこう進むべきだ、とは言えません。ただ、そういう原理と状況があるということですね。

――そうした新しい環境の中で、初音ミクがここまでの支持を集めた理由についてはどう捉えていますか。

伊藤:日本レコード協会が発表した「2012年度音楽メディアユーザー実態調査報告書」(http://www.riaj.or.jp/report/mediauser/pdf/softuser2012.pdf)で、「未知アーティストに関する楽曲ファイル購入のきっかけ」のトップが「動画共有サイト」でした。このことから、けしからん複製が行われている場も、未知のアーティストを知る場もインターネットであり、プロモーションと権利侵害が同時に起きているということがわかる。そのなかで初音ミクというボーカロイドソフトが支持された背景には、3つの事柄が挙げられます。

 ひとつは、拡散するツール、場所としてのインターネットや動画共有サイトの普及。ふたつ目は、個人の創造性をサポートするツールとして、コンピューターとソフトウェアが高性能・低価格化し、DIY革命のようなものが起こったこと。最後は「人は案外クリエイティブだ」ということです。つまり、音楽は一部の天才が生みだすものではない。人間はきっかけがあれば誰でも創造する生き物で、ルネッサンス的にそれを再認識したことが重要でした。石油のような天然資源は、やみくもに地面を掘っても出ない。過去に何かの蓄積があったから石油が生まれ、それをうまく掘り当ててはじめて油田が出るんです。同じように、いくらインターネットが普及し、ツールも高性能で安くても、何もない地面を掘り進めても油は出ません。初音ミクというドリルで堀った先に資源があったから、このような油田ができたのだと思っています。

――クリエイティビティーという資源が、日本にあったと?

伊藤:そうですね。他の国で同じことをやって同じ結果になったかと言えば、そこはクエスチョンマークがつきます。クラスの女子の半分以上がきれいな絵を描く国は珍しい。そもそも外国の人の多くは、あまりきちんと「丸と線」が描けません。それをもってクリエイティブだというと違うかもしれませんが、きちんと図を把握して形にすることができる――そういう美意識を持っている、というのは日本の文化的な資産です。

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