ジョニー・デップ主演『ブラック・スキャンダル』への期待 犯罪者の人生をどう描く?

 9月2日(現地時間)より、イタリアはヴェネチアの地で始まった、第72回ヴェネチア国際映画祭。『博士と彼女のセオリー』でアカデミー賞主演男優賞を獲得したエディ・レッドメインが、歴史上初の性転換者と言われているデンマーク人男性を演じた『The Danish Girl(原題)』など、今回のヴェネチアで初披露となる作品の評判が続々と入ってくるなか、とりわけ惜しみない賛辞が聞こえてくるのは、ジョニー・デップ主演の映画『ブラック・スキャンダル』である。

 薄毛のオールバックにサングラス、そして革ジャンという、パッと見、ジョニー・デップとは分からないビジュアルが先行した『ブラック・スキャンダル』。この映画で彼が演じているのは、FBI史上最高額の懸賞金が掛けられた、実在する裏社会の首領、ジェイムズ・“ホワイティ”・バルジャーだ。1970年代のボストン、FBIとの密約によって強靭な権力を得た彼は、やがて冷酷無比な犯罪者となり、当局から指名手配される……。

 マフィアのもとに潜入したFBI捜査官を演じた『フェイク』(1997年)、1970年代に暗躍した伝説のドラッグ・ディーラーを演じた『ブロウ』(2001年)、そして大恐慌時代の大犯罪者、ジョン・デリンジャーを演じた『パブリック・エネミーズ』(2009年)など、これまでも周期的に実在の人物を演じてきたジョニー・デップ。しかし、早くも来年のアカデミー賞主演男優候補のひとりと目されている本作のジョニー・デップは、さらに一味違うようだ。そこには、彼の脇を固める共演者たち――ホワイティの弟であり州上院議員でもある人物を演じるベネディクト・カンバーバッチ、ホワイティの腹心を演じるケビン・ベーコン、そして彼に密約を持ちかけるFBI捜査官を演じるジョエル・エドガートンの存在もあるのだろう。

 しかし、そんなジョニー・デップの演技への期待もさることながら、ここで注目したいのは、この映画の監督が、アメリカの俊英、スコット・クーパーであるということだ。初の長編監督作『クレージー・ハート』(2009年)で、見事ジェフ・ブリッジスにアカデミー賞主演男優賞をもたらせ、『ファーナス/訣別の朝』(2013年)では、クリスチャン・ベールの新たな一面を引き出してみせたスコット・クーパー。1970年生まれの45歳――監督としては、まだまだ若手の部類でありながら、人生を背負った“いぶし銀の男たち”が繰り広げる、重厚な人間ドラマを詩的に描くことに卓越した手腕をみせる彼は、実在の犯罪者の人生を、どのように描き出してゆくのだろうか。

 さらに、もうひとつ言っておきたいのは、これまで日本における彼の映画の扱いは、必ずしも良いものではなかったということだ。アカデミー賞受賞作でありながら、主人公がカントリー・ミュージシャンであるということで、ほとんど注目されることのなかった『クレージー・ハート』。そして、驚くほど小さな上映規模で、ひっそりと公開された『ファーナス/訣別の朝』。そんな彼の映画をめぐるもどかしい日本の現状は、日本でも人気の大スター、ジョニー・デップを擁する本作で、果たして覆るのだろうか。ヴェネチア国際映画祭における賞の行方はもちろん、スコット・クーパーによる男たちの秀逸な人間ドラマを日本で観ることのできる日が、今から楽しみでしょうがない。

 『ブラック・スキャンダル』は、2016年1月30日より全国ロードショー。

(文=編集部)

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