「ダンスはうまく踊れない」はなぜ歌い継がれる? 井上陽水、高樹澪から中森明菜、稲葉浩志まで、各年代のカバーを辿る

 セックスレスをテーマにした木曜ドラマ『あなたがしてくれなくても』(フジテレビ系)が好調だ。第1話の見逃し配信が累計346万回再生を記録(同放送枠の初回見逃し配信では歴代2位)しており、繊細なテーマ、感情の機微を巧みに演じる役者人の好演、それを丁寧に描写する演出、グサリと心に刺さる台詞などが好調の要因だろう。加えて、放送前から話題となったのは、稲葉浩志が主題歌「Stray Hearts」と挿入歌「ダンスはうまく踊れない」を担当したことである。中でも後者のカバーは、第1話放送で流れた後、第2話以降どのシーンで流れるのかなど、SNSに視聴者の考察が多く上がっている。

『あなたがしてくれなくても』5/4(木)#4 夫は知らない、妻の裏切り

 「ダンスはうまく踊れない」は、もともと井上陽水が妻となる石川セリと付き合い始めの頃、彼女のために書き下ろした石川セリ6枚目のシングル曲で、オリジナルリリースは1977年。1982年に高樹澪がカバーし、同年のオリコン年間チャート35位にランクインする大ヒットとなった。後に、冒頭で触れた稲葉浩志に加え、八代亜紀、徳永英明、中森明菜など、数多くのアーティストがカバーしている他、1984年に井上陽水もセルフカバーしている。

 「ダンスはうまく踊れない」は、妖艶なセンチメンタリズムがひたひたと押し寄せるミディアムチューンだ。メランコリックだが湿度の高くないメロディ、洗練されたボサノバのリズム、さらに〈ダンスはうまく踊れない〉というインパクトのある言葉選び、このフレーズとメロディのマッチングによる中毒性と、ワンアンドオンリーな井上陽水の才能、特に70年代~80年代にかけての彼の旨味が凝縮されたような1曲である。

石川セリ「ダンスはうまく踊れない」

 石川セリは、艶っぽい声質を活かしアンニュイと可憐の間を漂うようなボーカルアプローチで聴かせている。メロディも譜割りも、ストレートに丁寧に歌っている印象だが、途中、母音のロングトーンで中低音を強く出すところがあり、レンジは決して広くないものの、独特のニュアンスで楽曲に優雅な起伏をもたらしている。対して井上陽水のセルフカバーは、音数が少ないトラックながら、イントロからムードとストーリー性を感じさせるアレンジがいい。彼の特徴である“揺らぐボーカル”も健在だが、少しディレイ気味に最初の音に入るスタイルやトーンの細かいビブラートは抑え気味に表現している。その分、ふわっと溶けるようなニュアンスを出しているのが目立ち、儚さよりもリアルな刹那を感じさせる。

井上陽水「ダンスはうまく踊れない」

 同曲をカバーした各シンガーについても辿っていこう。女優としても活躍する高樹澪は、滑舌の良さを発揮し、子音を強めに発音した上で母音はほとんど伸ばさず、スッと消え入るような歌い方をしているのが印象的だ。バックトラックも原曲よりかなりシンプルで、高樹のボーカルとの相乗効果で原曲が持つ儚く物憂げなムードをよりくっきりと描き出している。

高樹澪「ダンスはうまく踊れない」

 演歌歌手としては珍しいハスキーボイスが個性でもある八代亜紀は、抑え気味ながらも、細かくこぶしを入れ、自分の持ち味を活かしている。驚くのは母音のトーンだけでなく、メロディを細かく刻む部分でも、こぶしを入れてきているところだ。しかも、こぶしを入れる一音だけ、キーを一瞬下げたように感じる低音で聴かせたり、逆に〈La La La…〉の部分は、明るい声で弾むように歌ったりと、歌い手としての幅の広さを発揮している。

八代亜紀「ダンスはうまく踊れない」

 徳永英明は、原曲をジャジーなテイストにリアレンジ。同じメロディでも、ブロックによって異なるアプローチで聴かせるバリエーションはさすがである。アドリブを入れたりと、本人が楽しんで歌っているところもいい。ハスキーな高音が持ち味の歌声で、母音のトーンのところどころに、スウィングさせるような抑揚をつけ、ジャズのリズムに合ったアプローチをしているのも印象的だ。

徳永英明「ダンスはうまく踊れない」

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「音楽シーン分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる