「ダンスはうまく踊れない」はなぜ歌い継がれる? 井上陽水、高樹澪から中森明菜、稲葉浩志まで、各年代のカバーを辿る

 流麗なストリングスを効果的に使ったアレンジで、しっとりと歌っているのが中森明菜である。メロディ、譜割りに沿って丁寧に歌唱している印象だが、言葉を発する絶妙なタイミング、母音のトーンのニュアンスの豊富さ、一音に一瞬でクレッシェンドとデクレッシェンドをつけるスキル、フレーズの最後の一音だけファルセットにするなど、一聴すると淡々としたボーカルアプローチの中で、しっかりと感情を表現している。

 そして、前述した稲葉浩志は、メロディ、譜割りに忠実に歌っており、原曲のムードを大切にしているのがわかる。子音を意識した発音でしっかりと言葉を伝えながらも、その発音が滑らかで艶っぽい。原曲のメロディは、普段の稲葉のキーを考えれば、低音〜中低音に分類される音程だと思うし、喉を開いて低音を出すこともできたはずだが、あまり声音を変えず、一貫して綺麗なトーンで歌っているところも印象的だ。ここに、男性視点にも女性視点にも捉えられる「ダンスはうまく踊れない」の歌詞に対する、稲葉浩志の解釈が垣間見られるように思う。

 このように「ダンスはうまく踊れない」が、世代やジャンルを問わず多くのアーティストにカバーされているのは、メロディと言葉のマッチングによるキャッチーさが要因だと思う。特に歌い出しの〈ダンスはうまく踊れない〉での〈ダン〉で一旦口を閉じ、そこから〈スはうまく踊れない〉と次を歌い出すという、リズミカルで洒落っ気のある構成が随所に散りばめられているからこそ、思わず口ずさんでみたくなるのではなかろうか。

 一度聴いたら覚えられるメロディ、口ずさんでみたくなる言葉。これは昭和から脈々と続くヒット曲のセオリーだと思うが、冒頭のワンフレーズだけでそこをクリアしている「ダンスはうまく踊れない」は、間違いなくこれからも歌い継がれていく名曲である。

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