『アイデア・オブ・ユー』が描くボーイズグループの熱狂と儚さ “大人の愛”の過程を楽曲から読む

 New Kids On The Block、*NSYNC、Backstreet Boys、One Direction、そしてBTS……。いつの時代においても、人々を魅了してやまないボーイズグループたち。彼らについて語る上で避けては通れないのが、メンバーがその中心にいることは大前提とした上で、ファンダムやメディアが生み出す熱狂と混乱、言い換えれば“名声”と不可分の存在であるということ。だからこそ、(もちろんそれ以外の需要がたくさんあることを踏まえつつ)彼らに対して「付き合えるものなら付き合いたい」という想いを抱く人々は数え切れないくらい存在する一方で、「では、実際に付き合えるとしたら?」と問いかけたら、なかなかに難しい表情を浮かべてしまう人々は決して少なくないだろう。途方もない美しさとエネルギーに満ちた圧倒的な魅力を放ちながらも、近づきすぎると“牙を剥く”可能性を内包している、それがボーイズグループという存在なのである。

 ……とはわかっていても、いざ彼らに近づいてしまえば、そんな理性はたちまち失われてしまう。きっと客観的に見れば、映画『アイデア・オブ・ユー ~大人の愛が叶うまで~』(Prime Video独占配信)の主人公の娘が冒頭から言い放つ通り、ボーイズグループなんてダサくて「中二病って感じ」な存在なのだろう。だが、いざその熱狂に触れてしまえば、きっと私たちは理性を保つことができずにその狂気へと飛び込んでしまう。同映画のワンシーン、これから『Coachella Valley Music and Arts Festival』(以下、『コーチェラ』)へと向かう車中で合唱されるAugust Moon「I Got You」のリリックは、まさにそんな心境を捉えている。

〈噂話をされても放っておけばいい ただの作り話さ/それをなぜ真に受ける?〉(August Moon「I Got You」和訳)

 5月2日よりPrime Videoで配信開始された映画『アイデア・オブ・ユー ~大人の愛が叶うまで~』は、40歳のシングルマザーであるソレーヌ(アン・ハサウェイ)とボーイズグループ August Moon(オーガスト・ムーン)のリードボーカルである24歳のヘイズ・キャンベル(ニコラス・ガリツィン)が繰り広げるロマンティックコメディだ。同作の予告編は配信映画として史上最多の記録となる全世界で1億2,500万回以上の再生回数を叩き出し(SNSなど全プラットフォームを含む/2024年3月16日付)、今年の『SXSW』で行われたワールドプレミアも多くの注目を集めるなど、本作は単体の映画としても充分に注目度の高い作品である。そして、ここまで書いた内容からもわかる通り、(少なくとも筆者のような)ポップミュージック好きとしても見逃せない存在だ。

The Idea of You | Official Trailer | Prime Video

 なにせ、2人が出会うきっかけとなる場所は『コーチェラ』であり、ヘイズが所属するAugust Moonは、架空とはいえ、同フェスティバルに出演し、世界中をツアーで回り、熱狂的なファンダムを抱えるボーイズグループである。この設定に確かな説得力を与える上で、その音楽が重要であることは言うまでもないだろう。

 その気合いの入りっぷりは、本作のサウンドトラックチームの面々を見ればすぐにわかるのではないだろうか。中心となっているのは、サヴァン・コテチャ(ザ・ウィークエンド「Can’t Feel My Face」、エリー・ゴールディング「Love Me Like You Do」など)、カール・フォーク(ニッキー・ミナージュ「Starships」、アリアナ・グランデ「One Last Time」など)、アルビン・ネドラー(アヴィーチー「SOS」、DNCE「Body Moves」など)で、もっとわかりやすい言い方をすると、3人とも「What Makes You Beautiful」や「Live While We’re Young」などのOne Directionの大ヒット曲を手掛けた経験の持ち主である。というわけで、劇中歌として使用されているAugust Moonの楽曲は、それぞれが実際のボーイズグループの楽曲として起用されても不思議ではない、本気度の高い仕上がりとなっている。

 例えば、The Policeを彷彿とさせる軽快なレゲエテイストの「Guard Down」は『コーチェラ』のステージでも披露され、劇中でMVも登場するというグループの代表作のような楽曲だが、超キャッチーなメロディはもちろん、随所に仕掛けられたコーラスや掛け声、軽やかにボーカルを切り替えるメンバーの姿や、コーラス直前の複数名でのボーカルパートや「このタイミングでメンバーが前の方に来るんだろうな」と想像できるギターソロに、全員が余韻の中で決めのポーズをする光景が目に浮かぶアウトロなど、約2分30分の短い時間に「ボーイズグループらしさ」が見事に詰め込まれている。

Guard Down by August Moon - Official Music Video | The Idea of You | Prime Video

 また、「いくらソレーヌに一目惚れしたからって、『コーチェラ』の舞台でそんな発言をしたらファンダムやメディアが大変なことになるぞ」と心配したくなるほどに情熱的なヘイズのMCとともに披露されるスローバラードの「Closer」や、「いくらソレーヌが好きだからって、毎回同じパートでそんなことしてたらさすがにバレるぞ」とやはり心配してしまうスウィートなディスコチューンの「Taste」も魅力的だ。つい鑑賞中の筆者の感情を書いてしまったが、どちらの楽曲も絶対的とも言うべき相手への肯定感に満ち溢れており、もはや愛を貫くために怖いものなど存在しないと言わんばかりの無敵さを誇っている。それは劇中における2人の姿ともしっかりと重なっており、ヘイズとソレーヌが振りまく圧倒的な幸福感をさらに強調している。

Closer - Official Lyric Video | The Idea of You | Prime Video
Taste (From “The Idea of You”)

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「音楽シーン分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる