Night Tempoが陽真に見出した可能性 コラボレーション秘話から新たな歌い方まで語り合う
2020年より活動を開始し、YouTubeやTikTokに投稿したカバーソングで人気を集めてきた広島出身のシンガーソングライター 陽真が2月14日、新曲「Want You」と「Merry-Go-Round」を同時リリースした。
前作の配信EP『しぇいく』以来約1年半ぶりのリリースとなる本作は、プロデューサーとして韓国人プロデューサー兼DJのNight Tempoを起用。彼が得意とする1980年代後半のアイドルソングやシティポップを下敷きに、ノスタルジックかつダンサブルなサウンドスケープを全編にわたって展開している。
一方、子供の頃から演歌や昭和歌謡を聴いて育ち、美空ひばりに出会って歌手の道を志した陽真。Night Tempoのボーカルディレクションにより、これまでの彼女の大人っぽい歌い方から一転、等身大の歌詞を等身大の姿勢で歌う姿勢が、すでに早耳リスナーのあいだでは話題となっている。
今回のプロデュースは、そんな陽真本人からの熱烈なラブコールを受けてスタートしたもの。そこからどのようなプロセスを経て今作を完成させたのだろうか。陽真本人と、Night Tempoに話を聞いた。(黒田隆憲)
陽真が感じたNight Tempoへの憧憬「これこそ“令和の演歌”」
――おふたりの交流はどのように始まったのですか?
陽真:私がNight Tempoさんのことを知ったのは、今から2年くらい前で。もともと小学生の頃から演歌や昭和歌謡が大好きで、YouTubeのおすすめ動画に出てくるのも昭和ポップスや昭和歌謡、演歌が多いんですけど、ある時、Night Tempoさんがリミックスした細川たかしさんの「北酒場」がおすすめに出てきたんです。もちろん、オリジナルの「北酒場」も好きで聴いていたんですけど、Night Tempoさんのリミックスにはまた違った魅力を感じたんですよね。これこそ“令和の演歌”だなと(笑)。
――“令和の演歌”、いいネーミングですね。
陽真:そこからNight Tempoさんに興味を持ち、他にどんな曲をリミックスされているんだろうとYouTubeをたどっていったら、竹内まりやさんや山下達郎さん、杏里さんなど私が大好きなアーティストの方々の楽曲リミックスをたくさん手掛けていらして。知れば知るほどどんどん好きになっていきました。しかも、ちょうど同じ時期に恵比寿LIQUIDROOMでNight Tempoさんの来日公演があるという情報をSNSで見つけたんですよ。「これはぜひとも行きたい!」と。
でも、その前に私の今の素直な気持ちをそのままNight Tempoさんにぶつけようと思って、今お話ししたことも踏まえたような長文の自己紹介メールをInstagramのDMに送りつけたんです(笑)。もしかしたら韓国語じゃないと読んでもらえないかなとも思って、頑張って調べて作った韓国語の文章も添えて。「いつかお仕事をご一緒したいです」みたいなことも書いて、そうしたらまさかの日本語でお返事をいただき、そこからやり取りが始まりました。
Night Tempo:そうやってSNSのDMやメールに自己紹介文を送ってくれる方は以前から結構多くて、基本的にお返事をしないことのほうが多かったりもするんですけど(笑)、陽真さんはメールの文面からも、すごく真面目な人だということが伝わってきたので、すぐに音源を聴かせてもらいました。まず、めちゃくちゃ歌が上手いんだなと率直に思いましたね。もちろん、他にも歌の上手いシンガーはたくさんいますが、大人たちが選んだ“お仕着せ”の曲ではなく自分が好きな曲を歌っているな、と感じさせる人はあまり多くなくて。きっと陽真さんとだったら、何か面白いものができるかもしれないと思い、返事を書きました。
陽真:うれしいです。
――2000年代生まれの陽真さんが、昭和の楽曲に惹かれるようになったのはどんなきっかけだったのでしょうか。
陽真:たしか小学校1年生の時だと思うんですけど、たまたまテレビで「美空ひばり特集」を観たのがきっかけです。その時は、歌詞の意味は正直全然理解できなかったし、ひばりさんがどんな方なのかもまったく存じ上げていなかったんですけど、映像を観た時に号泣しちゃったんですよ(笑)。ひばりさんの歌声だけでなく、歌い方とか目力とか、全身で歌う姿がものすごくかっこよくて。すぐに「私もひばりさんのような歌手になりたい」と。そこから夢を追い続けているんですよね。
――出会いは美空ひばりさんだったのですね。一方、Night Tempoさんは1986年生まれ、日本で言うところの昭和世代ギリギリです。どんなふうに昭和歌謡と接してきたのかをあらためて聞かせてもらえますか?
Night Tempo:僕は両親の影響で日本の昭和歌謡に触れるようになったんですけど、特に好きだったのは1980年代後半のアイドルポップスでした。それをきっかけに、彼らの楽曲を手がけている人たち――たとえば角松敏生さんや竹内まりやさん、山下達郎さんといったアーティストの存在を知るようになり、そこからどんどんハマっていきました。
陽真:私もアイドルポップは好きです。最初に覚えた楽曲も、山口百恵さんの「横須賀ストーリー」だったんですよ。松田聖子さんや中森明菜さんも大好きで、小学校の頃は中森明菜さんの「Desire」をずっと歌っていました。同級生とは全然話が合わなかったですけどね(笑)。ちなみにNight Tempoさんは、演歌もお好きですか?
Night Tempo:好きですね。僕が生まれ育った韓国には「トロット」というジャンルがあって、その源流はいろんなところにあると思うのですが、演歌とトロットはほぼ一緒なので普通に共感できるというか。実際、韓国のトロット歌手と日本の演歌歌手は交流も盛んだったみたいですね。厳密にはトロットというジャンルではないのですが、たとえばチョー・ヨンピルさんやキム・ヨンジャさんのように、日本で活躍した韓国歌手もいました。
――チョー・ヨンピルさんの「釜山港へ帰れ」(1976年)は大ヒットしましたよね。
Night Tempo:先日亡くなった八代亜紀さんのように、韓国のトロットを日本の演歌歌手の方が歌うケースもありました。ですので、僕自身が演歌を“日本の文化”としてではなくもっと広い“アジアの文化”として捉えて聴いているところはあります。ただ、演歌の歌詞を知ったのは、わりと最近かな。そこで深さをより知るようになりました。
――なるほど。
Night Tempo:同時に僕は、欧米のハウスミュージックもずっと好きで、「昭和歌謡とハウスをミックスしてみたらどうなるんだろう?」と思いついたところから、自分のオリジナリティが始まっています。もちろん、DJとして人と被らないことをやりたかったのもあったのですが、自分が好きな昭和のポップスの魅力をどう伝えれば人と共有できるのか、どうやれば人に共感してもらえるのかを考えた時に、今の視点で捉え直してみたら面白いのではないか、と。実際にフロアでかけた時のオーディエンスの反応を大事にしているのも、そういうモチベーションがあったからなんです。
――DJとしての活動のみならず、Night Tempoさんはこれまでさまざまなアーティストのプロデュースを手掛けてきましたが、いつも心がけていることはありますか?
Night Tempo:今、自分が関わっている方たちはJ-POPシーンでの経歴がすごく長い、ベテランアーティストがほとんどで。なので、よくも悪くもそのシーンのなかでの立ち位置と言いますか、イメージみたいなものが強く定着しているんです。僕の役目は、そこをちょっとだけ崩すというか。海外の音楽と融合させることによって、いい化学反応を導き出すことだと思っています。
もちろん、僕は昔のJ-POPが大好きでいろいろ聴いているわけですが、そこにあまりに寄り添い過ぎてしまうと僕自身もJ-POP寄りの人間になってしまう。そうではなく、違う要素として自分が加わることで新しいものを作りたいんです。しかも実力のあるベテランの方々から、今までなかったイメージを引き出すことがやりたいんですよね。
――すでに確固たる地位を確立しているベテランアーティストから新しいものを引き出すのは、たとえばアーティストによっては難しい場合もありますか?
Night Tempo:いえ、実力のあるベテランの方ほど柔軟です。たとえば、ここ数年一緒に仕事をさせていただいている早見優さんは、こちらの要望にいつも柔軟に応えてくださいます。「こんな歌い方はどうでしょう?」「こういう表現はいかがですか?」と提案すると、全部試してみてくれる。小泉今日子さんもそうでしたね。「こう歌えばいいんでしょう?」と、反応もすごく早くてびっくりしました。みなさん、新しいことに対してオープンマインドで、より一層尊敬の念を抱いています。