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中居正広、西城秀樹と野口五郎の友情に感銘「二人にしか分からない間柄だったんじゃないかと思う」

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 7月13日に『中居正広のキンスマスペシャル』(TBS系)が放送され、「新御三家・西城秀樹と野口五郎の友情に涙…」と題し、5月16日に急性心不全のため63歳で亡くなった西城秀樹を特集した。

 郷ひろみ・野口五郎とともに“新御三家”と言われ、1970年代にトップ男性アイドル歌手として人気を博した西城秀樹。スタジオには『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系)の司会者として西城をよく知る芳村真理が登場。芳村は、昨年の4月に西城と30年ぶりの再会を果たし、1年後にまた再会することを約束。今年5月に西城と芳村、そして親友である野口五郎も交えた3人での対談を番組では予定していた。芳村は「希望や勇気、生きる活力をすごくみんなに与えていた人」と西城を讃え、「ワイルドなイメージ、動きっていうのは、今までに誰もいなかった。こんなすごいのは。魅せる動きは(新御三家の中でも)秀樹さんだった」と当時のパフォーマンスを振り返った。大竹しのぶは、新御三家が人気絶頂の頃に野口と映画を共演しており、西城の楽曲も全て歌えるとコメント。中居は「あの時の歌ってみんなが歌えるんですってね。みんなが口ずさめる」と伝説に残る新御三家のヒット曲の数々を絶賛した。日本人アーティストとして初めて野外スタジアムでのコンサート、ペンライトを使用しての初の公演が西城であったことが紹介されると、芳村が「どれだけ日本中に元気を与えてくれたか。自慢のお父さんよ」と栄誉を讃え、中居も「励みにもなると思いますし、何よりも秀樹さんが天国で喜んでくれていると思いますけどね」と西城を偲んだ。

 番組後半では、盟友・野口五郎がスタジオに登場。呼び込む前には、中居が「僕らは勝手に良きライバル、良き親友と言いますけど、僕らが勝手に言ってることであって、本人と二人にしか分からない間柄だったんじゃないかと思います」と話した上で野口を紹介した。中居の言葉を受け、野口は西城を「人生何度か繰り返しても、こういう人には会えないだろうなと思います」と語り、実は今回番組からオファーをもらい「黙して語らず」がいいと思い出演を断っていたという。中居は西城が亡くなってからの著名人のコメントの中でも、野口の「今、お話しできません。申し訳ございません。整理がついてませんので」という思いが正直な気持ちに思えたという。野口は彼のことを整理が一生できず、これからどこからで背負いながら歌っていくことを覚悟し、“新御三家”三人がいて初めて立つことができることを実感。「彼はいなくなっても僕たちはずっと歌っていくという意志をを強く持っていないといけないなというのがあるので」と野口の強い決意を目の当たりにし、中居は「本人たちにしか分からない絆だとか、僕たちが解釈してお話することではないなって」と素直な感想を伝えた。

 1974年の『日本レコード大賞』(TBS系)で、最も優れた歌唱力のあるアーティストに贈られる「歌唱賞」を西城が「傷だらけのローラ」で獲得、1975年には野口が「私鉄沿線」で「歌唱賞」を、そして1976年には西城が「若き獅子たち」、野口が「針葉樹」で歌唱賞をダブル受賞。2人は嬉しさのあまりステージで熱い抱擁を交わし、それから40年間固い絆で結ばれ続けた。当時のVTRを見た野口はスタジオで泣き崩れ、「まさかこのVTRを見るとは思わなかったから……」と言葉をなくした。中居は「五郎さんにしか分からないんです。もうそれでいいと思うんですよね。これで分かってほしいというのもあるかもしれませんが、『友達でいような』って。本当に仲良かったんですね。お互い羨ましいです」と言葉をかけた。

      

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