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兵庫慎司の「ロックの余談Z」 第8回

なぜギタリストはステージでチューニングをするのか 兵庫慎司が“積年の謎”に迫る

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兵庫慎司
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 ライブ中にステージ上でミュージシャンが行う、ギターやベースのチューニング。あれ、どんな意味があるのだろうか。

 曲間でボーカルがMCをしている時に、チューニングをしているのはまだしも、客電が消えSEが流れ、ステージに登場してアンプ脇に立てられていたギターを手にし、いきなり1弦ずつチューニングを確かめ始めるギタリスト。みんながみんなそうではないが、けっこうな頻度で目撃する。その間、こっちは演奏スタートを待ってぼーっとSEを聴いていなきゃならないことになる。そもそもギターはきっちりチューニングが合った状態でそこに置かれているはずなわけで、あれ、意味あんの?

 何年か前に、その筋のプロである知人ふたりにたずねてみたことがある。ひとりは元々楽器店で働いていて、レコード会社へ転職して以降一貫して制作畑で仕事をしてきたディレクター(仮にYとします)。もうひとりはさまざまなバンドを手がけてきて、今も日々大忙しで日本中を飛び回っているベテランローディー(仮にQとします)。

 Qの答え。

「意味ないですね」

 リハが終わってそこでギターが置かれた段階でもちろんしっかりチューニングしてあるし、温度やなんかの影響でチューニングが狂ったりしないように、開場後も自分たちローディがステージに行って確認しているので、基本的に必要のない行為であると。

 これ、昔、渋谷陽一がよく書いたり言ったりしていた彼の持論なのだが、ライブの時、海外の有名ギタリストは全然チューニングを直さない、という。確かに僕もライブを観ていてそう思ったことがある。で、そういうアーティストの場合、ステージにギターを置いておかないで、ギターを持って出てくることが多い。なるほど、それなら直前まで楽屋でチューニングできますよね。

 と思ったらですね。たとえば、日本のフラワーカンパニーズというバンドの竹安堅一というギタリスト。この男、最近、ライブの時、ギターを持って出てくるようになったのだが(確か昔は違ったと思う)、それでも1曲目を始める前にステージでチューニングをするのだ。手にギターを持って、楽屋を出て、ステージの自分の立ち位置に到達するまでの間にチューニングが狂ったかもしれない、というのか。どんだけ心配性なんだ。つまりその行為も、基本的に意味がない、ということになる。

 そう考えると、曲間のMCなんかの時にチューニングをしているのも、ほんとに意味あんのか? という気がしてくる。そりゃあ弾いてるうちに多少は狂うこともあるかもしれないが、そのギタリストがチューニングをする前の曲で、「ありゃ、ギターの音、狂ってんなあ」と思った経験、僕にはほぼない。逆に、「さっきあんなに念入りにチューニングしてたくせに、曲が始まったら狂ってるじゃねえか!」と思ったことはあるが。

 たとえば奥田民生は、あんまりチューニングしない。どんどんギターを交換しながらライブをやるのでその必要がないのだと思うが、この間、9月3日Zepp DiverCity Tokyoでのサンフジンズのツアーファイナルでは、次の曲にいこうとしてギターをちょっと弾いてから「あ、ごめん、ストップ」と中断し、チューニングを直していた。これはわかる。ちゃんと目に見える形で明確な理由があって、チューニングしたわけなので。

 それにだ。そもそも前提として不思議なのが、ギターってそんなにチューニング狂う楽器なのか? いや、狂うんだろうけど、ならば、狂わないようにできないものなんだろうか。

 昔、中島らものエッセイで読んだのだが、三味線という楽器はそもそも弾いているうちにどんどん調弦が狂っていくような作りになっていて、それを直しながら弾くのも技術のうち、それができない奴はダメ、というふうに判断されるらしい。「アホか!」と、中島らもは書いていた。そんな意味ないことで優劣つけてないで、そもそも調弦が狂わんように作り直さんかい、と。

 という三味線の例ほどではないが、ギターももうちょっとなんとかならないものなんだろうか。僕が高校生の頃に、フロイド・ローズやケーラーといったヘビメタ御用達のトレモロアームが流行り始めた時、同時にギターのヘッドのすぐ下んとこで弦を締めつけるやつ……チューニングロックっていうんでしたっけ、あれが登場した時は、これでチューニング狂わなくなるのかな、と思ったら、そうでもなかったし。

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