兵庫慎司の「ロックの余談Z」 第8回
なぜギタリストはステージでチューニングをするのか 兵庫慎司が“積年の謎”に迫る
そして。つまり、逆に言うと、ライブの始まる時やMCの間にピンピンとチューニングをしている日本のギタリストたちは、そこまでの努力をしてチューニングの狂わないギターを作りだそうとしてはいない、ということになる。
なぜ彼らはそれをしないのか。チューニングが狂ってもいいと思っているわけではないが、狂ったら直せばいい、と思っているからだろう。とまず思われるが、もうひとつは「ステージの上でチューニングしたい」からなのではないだろうか。
前述の、1曲目をやる前にチューニングするの、意味あるの? と尋ねた時の、Yの答えはこうだった。
「あれはチューニングをしてるけど、チューニングをしてるんじゃないんだよ」
「え、じゃあなんなんですか?」
「ほら、ムエタイの選手って、試合前に神に捧げる踊りをするじゃない? あれと一緒だと思う。あれをやることによって精神を集中する、みたいな」
「へえー。でもそれ、客前でやる意味なくないですか? 楽屋でやれよ、って話じゃない?」
「いや、だってムエタイの選手もリングで踊るじゃん。誰も『控室で踊れよ!』って怒らないでしょ? リングなりステージなりっていう場に立ってるからこそ、その行為に意味がある、ってことなんじゃないかな」
これを拡大解釈すると、曲間のMCの時にチューニングをするのも、「あれをやることで心が落ち着く」「ボーカルがしゃべっている間、手持ち無沙汰にならなくてすむ」という理由なのではないかという気がする。
そう考えるとわかる。腑に落ちるし、そちらの事情も理解できる。できるんだけど、いざ観る側に回ると……日常的にライブというものを観るようになって30年以上経つが、いまだに慣れることができない。単に、私がすんごいせっかちな性格だからなんですが。MCもないならなくていい、どんどん曲をやってほしい、ぐらい思うタチだからなんですが。
でも結論。チューニングの狂わないギターは存在しない。一部のスーパーギタリストは、自分で自分のギターをそのように作り替えていくが、大半のギタリストは、それをやらない。なぜ。ステージでチューニングをしたいから。
なお、私、ギター、持っていますが弾けません。毎年正月になるたびに「今年こそはギター弾けるようになりたい」「あと、今年こそは英語しゃべれるようになりたい」と思い続けて30年以上経過、そんな奴ですので、お詳しい方からの、あるいは当事者であるギタリストからの、異論反論は大歓迎です。
■兵庫慎司
1968年生まれ。1991年株式会社ロッキング・オンに入社、音楽雑誌の編集やライティング、書籍の編集などに携わる。2015年4月にロッキング・オンを退社、フリーライターになる。現在の寄稿メディアはリアルサウンド、ロッキング・オン・ジャパン、RO69、週刊SPA!、CREA、kaminogeなど。全体の9割のインタビュー・構成を務めたフラワーカンパニーズ初のヒストリーブック『消えぞこない メンバーチェンジなし!活動休止なし!ヒット曲なし!のバンドが結成26年で日本武道館ワンマンライブにたどりつく話』、2015年9月16日刊行。( http://www.rittor-music.co.jp/books/14313007.html )
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