ゲームの元ネタを巡る旅 第12回
黄金変成、不老不死、世界の完成――「アトリエ」や「ウィッチャー」シリーズを彩る“錬金術”とは
多種多様な販売形態の登場により、構造や文脈が複雑化し、より多くのユーザーを楽しませるようになってきたデジタルゲーム。本連載では、そんなゲームの下地になった作品・伝承・神話・出来事などを追いかけ、多角的な視点からゲームを掘り下げようという企画だ。
企画の性質上、ゲームのストーリーや設定に関するネタバレが登場する可能性があるので、その点はご了承願いたい。
第12回はゲームに頻出する「錬金術」について紐解いていく。
錬金術の始まり
紀元前7世紀、哲学者タレスが「万物の根源は水である」と唱えた。水は温められると蒸気となり、また冷やされると氷になる。つまり、物質はこのように絶えず変化するものだが、たったひとつの根源から生まれているのは間違いないと考えたのだ。
この問いに対して幾人かの哲学者が、火でできている、土でできている、空気でできている……などそれぞれに説を述べていくが、これらの説をまとめたものとして、紀元前5世紀にエンペドクレスが「この世は火、水、土、空気でできている」と唱えた。これを「四元素説」と言い、後世の錬金術を始めとする学問に多大な影響を与えることとなる。
このエンペドクレスの四元素説を後押ししたのが、紀元前4世紀に生まれたアリストテレスである。
彼は、四元素は第一質料(プリマ・マテリア)という素でできている……と提唱した。プリマ・マテリアに温度と湿度を加えることで、火・水・土・空気を自在に作り出すことができると考えたわけだ。このアリストテレスの説は、当時の知の殿堂であり、すでに冶金技術などが発達していたアレクサンドリアへと流れ、ここから錬金術が始まっていくのである。
●錬金術の目的
その後、ロバート・ボイルやラボアジェらによって近代化学が確立されるまで、錬金術は形を変えながら、各地で研究され続けることとなった。
錬金術とは基本的に卑金属を金に変えるための物質「賢者の石」を探す黄金変成への道だとされているが、それはすべてではない。多くの錬金術師が万病を治す薬「エリキサ」を探したり、中国の「錬丹術」においては不老不死を探るために辰砂が注目されたりと、その目的は多岐に渡る。
だが、世界/宇宙の完成という意義は通底しており、その背景を知るには伝説上の錬金術師ヘルメス・トリスメギストスが遺したとされる「エメラルド板」を読むのがわかりやすい。 万物がただひとつのものから生じたように。
それは真理、確たるもの、疑う余地など無い。
上のものは下のものから、下のものは上のものからもたらされる。ただひとつのものが起こしうる奇跡。
その父親は太陽、その母親は月。
大地がそれを胎内に抱き、風がこれをその胎内で養う、
大地が火に変わるなら。
大いなる力をもって、かすかなものから大地を養う。
それは地上から天へと昇って、上のものと下のものとを支配する。池上英洋・著『錬金術の歴史 秘めたるわざの思想と図像』(創元社)より引用
太陽と月、上下、天と地、父と母などの対概念が融解していく様が書かれており、また先述した火・水・土・空気の四元素説にも触れているのが面白い。
このエメラルド板を錬金術の奥義書であると考えたのは、意外にもあのニュートンだった。科学者であるとともに錬金術師でもあった彼は、この文章と、8世紀のアラビアの錬金術師ハイヤーンが唱えた「硫黄=水銀説」を踏まえ、水銀の成熟によって硫黄が生まれると信じていたようだ。
錬金術の過程と「化学の結婚」
錬金術師が信じていた宇宙観は非常に神秘的であり、我々を惹き付けるところだ。同時に、謎めいているがゆえに読み解くのも難しい部分でもある。では、次は彼らが実際に黄金変成のために行っていた工程と、それらひとつひとつに秘められていた意義や表象について見ていこう。
彼らが実際に行っていた工程は大まかに12に分かれている。煆焼・溶解・分離・結合・腐敗・凝固・滋養強化・昇華・発酵・高揚・増殖・投入である。これらの作業をさらに単純化すると、不純な物体をどろどろした黒い液体にする「黒化/ニグレド」、黒い液体を加熱洗浄し白く純粋なものにする「白化/アルベド」、その物質を完全なものに変える「赤化/ルベド」の三工程に分けられる。
錬金術の奥義を詩としてまとめたものが「エメラルド板」であるならば、これらの工程を作業要項としてまとめたのが「沈黙の書」である。書というもののテキストはなく、15枚の図でできている。これらの図にはそれぞれの工程が描かれており、天地や、肉体と霊魂、太陽と月といったお決まりの対概念のモチーフも添えられている。
また、17世紀初頭に薔薇十字団という秘密結社から出版された「化学の結婚」という小説が、エメラルド板などと併せて、いまなお多くのフィクションで参照されているほど人気がある。非常に難解な散文詩のような内容だが、これは金属の再生によって人間が完成する過程を描いたものであることが、優れた錬金術師にだけはわかるようになっているのだ。
錬金術の終焉
パラケルススやニコラ・フラメルなど多くの巨匠を生み出し、錬金術研究の副産物が今日の化学の発展につながった面もあるが、結局のところは(伝説を除けば)誰一人として黄金変成の夢を叶えることはできなかった。ピーテル・ブリューゲルの有名な絵画《錬金術師》では、叶わぬ夢に私財と人生を投じ、何も得られずに死んでいく人々とその家族の悲惨さを克明に描いており、憐れみを誘う。
そんな彼らの夢がついに打ち砕かれる日がやってくる。1661年、ロバート・ボイルは自身の著書『懐疑的化学者』のなかで、錬金術師たちが信じていた四元素説を否定した。この本は「錬金術師への死刑執行令状」とまで言われるようになる。
追い打ちをかけるように、ラボアジエが『化学言論』を出版。33個もの元素を発見した(内、25個は現在の化学でも認められている)。これらによって四元素説は完全に否定されることとなり、17世紀末から18世紀にかけて錬金術師は化学者へと置き換わっていくのだった。
人類の見果てぬ夢、黄金変成に不老不死……それはギラギラした野望にも、敬虔な祈りにも見えた。ひとりの学者が人生を賭けての大勝負に出ている横で、錬金術師を名乗るペテン師が王族を騙して(ある意味簡単に)本物の金を手にするなど、単体のエピソードも面白いものが多かったので、ぜひともみなさんも調べてみてほしい次第である。
最後に、ひとりのゲーマーとして思ったことは、落ちこぼれの烙印を押されたマリーだが、フラム一個作れるだけでも奇跡以外の何物でもないので、そんなに気にしなくてもいいのかもしれない……ということである。
参考文献:
池上英洋・著『錬金術の歴史 秘めたるわざの思想と図像』(創元社)
吉村正和・著『図説 錬金術』(河出書房新社)
草野巧・著『図解 錬金術 F-Files』(新紀元社)
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7月13日、『マリーのアトリエ Remake ~ザールブルグの錬金術士~』(以下、『マリーのアトリエ Remake』)が発売とな…