戦後の台湾に起きた「白色テロ」――『返校 Detention』で描かれる苦しみの歴史

『返校 Detention』で描かれる苦しみの歴史

 多種多様な販売形態の登場により、構造や文脈が複雑化し、より多くのユーザーを楽しませるようになってきたデジタルゲーム。本連載では、そんなゲームの下地になった作品・伝承・神話・出来事などを追いかけ、多角的な視点からゲームを掘り下げようという企画だ。

 企画の性質上、ゲームのストーリーや設定に関するネタバレが登場する可能性があるので、その点はご了承願いたい。

 第10回は『返校 Detention』から「白色テロ」を考えていく。

 Red Candle Gamesが2017年に発売したホラーアドベンチャーゲーム『返校 Detention』。白色テロの恐怖に晒された1960年代の台湾を描いた作品だ。

 世界中で評価され、映画やドラマと多くのメディアミックスがなされた作品だが、そもそも白色テロとは何なのか? 今回はそれを見ていこう。

不当逮捕、言論統制――「白色テロ」とは?

 白色テロの語源は、フランス王国の象徴であった「白百合」に当たる。当時はフランス革命期に起きたテロ行為や弾圧、報復行為などを形容した言葉だったが、のちに世界中で起きる反体制派に対する弾圧を幅広く指すようになった。

 1895年、日清戦争の下関講和条約により、日本は初めての海外植民地として台湾を支配下に置く。以降、日本が太平洋戦争で敗戦するまでの50年間、台湾は日本に統治されるわけだが、1947年にある事件が起きる。

 2月27日、闇煙草を販売していた女性が、取り締まりの役人に暴行された。この事件を受けて、翌日、市庁舎に向けて大規模なデモが発生(これを「二・二八事件」と呼ぶ)。中国国民党政府は中国本国からの援軍を受けてこのデモを制圧したものの、国民のあいだに強い遺恨が残ることとなった。

 背景には、中国国民党と中国共産党との長い対立がある。1945年、連合国軍の委託を受け、蒋介石率いる中国国民党が「失地回復」という名目の下に台湾行政を引き継ぐ。しかし、中国本土から来た官僚や軍人が行う汚職の数々に、その権威はすぐさま失墜。「犬(日本人)去りて、豚(中華民国人)来たる」という言葉すら流行る始末だった。

 事件以降、政府は38年間に渡る戒厳令を施行。これが『返校 Detention』で描かれる台湾の「白色テロ」である。

 政府は政治活動や言論の自由を制限し、反対勢力や共産党員と見られる人物を逮捕・監禁していったが、そのほとんどはでっちあげの不当逮捕であった。

『返校 Detention』の時代――読書会と密告について

 『返校 Detention』は、1960年代の高級中学(日本の高校にあたる)を舞台にした作品だ。主人公であるウェイ・チャンティンは授業中に居眠りをしてしまい、気づくとあたりに誰もおらず、黒板には台風警報とのみ書かれていた。帰宅しようとしたウェイは、講堂で眠る女子生徒ファン・レイシンを見かける。ふたりで学校を出ようとするも、さまざまな怪異に襲われてしまう……といった内容だ。

 本作の怪異の源となるものは、白色テロに晒されたことで表出した学生や教師たちの心の歪みだ。キャラクターたちは自らの好奇心や学習欲に応じて読書会を開き、禁書の読み合わせを行う。当然ながら、戒厳令下においては、禁書の読書会は取り締まりの対象であり、仮に何の思想性も持たなかった人間でも逮捕されてしまう。

 本作が秀逸なのは、台湾の白色テロを描いた唯一のビデオゲームであるという点だけでなく、キャラクターの感情の導線とストーリーの展開がマッチしているという点も挙げられる。

 あるキャラクターが、本人の勘違いから、学内で読書会が行われていることを官憲に密告してしまうのだが、それによって平和だった高校に亀裂が走る。どの時代のどの地域でも起きていたかのような学生の小さな過ちが、白色テロという恐怖によって増幅し、何十年も自由を奪われる人間が出てしまう……そこに渦巻く自責や怨嗟を、ホラー表現によって上手く描いているのが本作の魅力なのだ。

参考図書――白色テロを多視点から知る

 『返校 Detention』は学生の視点で綴られた物語だったが、当時の状況を多角的に知るための資料をふたつ紹介しておこう。

 まず、2022年に出版された全四巻のグラフィックノベル『台湾の少年』(岩波書店)だ。こちらは1930年の日本統治下の台湾で生まれた少年・蔡焜霖(さいこんりん)の半生を追いかけたものである。

 日本統治時代の皇民政策の実情から始まり、強制収容所である緑島での10年間、60年代の台湾の出版ビジネスから、戒厳令が撤廃されゆくまでの流れを、大判の漫画でスラスラと読み進めていくことができる。白色テロ前後についてざっくりと知りたいのであれば、もっとも当たりやすい資料と言えるだろう。

 書籍では陳紹英・著『外来政権圧制下の生と死: 一九五〇年代台湾白色テロ、一受難者の手記』(秀英書房)を紹介しよう。こちらも白色テロ時代を生き抜いたひとりの男(著者本人)が主人公である。

 彼もまた農村部の生まれで、読書家として早熟な人生を歩んでいたようだが、太平洋戦争期に日本で働いていたことで、日本兵として従軍した経験も持っている。戦争の愚かさを目の当たりにし、時代の転換を夢見て帰郷した彼に待っていたのは、白色テロであった。

 彼もまた緑島に拘留され、数多くの国民が貴重な時間を奪われていくことに憤った。特に、共産主義はおろかマルクスが誰なのかもわかっていないような人間を、とにかく逮捕して拷問にかけた国民党政府を強く非難している(当時、共産党員らしき人物を密告したり、逮捕したりするたびに政府から報奨金が出ていたという記述もある)。

 以上『返校 Detention』に描かれた「白色テロ」について書かせていただいた。『返校 Detention』を通して、台湾と日本の歴史を紐解くことで、その時代の過ちや、懸命に生きた人々の必死な叫びを知ることができた。

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