アンドロイド・オペラが10年かけてたどり着いた“世界の終わりのその後”の音楽 渋谷慶一郎『MIRROR』凱旋公演レポ

渋谷慶一郎『MIRROR』凱旋公演レポ

 渋谷慶一郎が6月18日、東京・恵比寿ガーデンホールで『Android Opera TOKYO - MIRROR/Super Angels excerpts.』を開催した。

 これは彼が2015年から取り組んできたプロジェクト「アンドロイド・オペラ」の6年ぶりとなる日本公演。また昨年に成功を収めたパリ・シャトレ座の凱旋公演でもある。

 表現されるのは「世界の終わりと終わりの後のシミュレーションとバリエーション」、そして「アンドロイド・オペラの完成」だ。

 加速が見込まれるAI搭載ロボット開発競争に約10年先駆けて始まったアンドロイド・オペラのたどり着く先とは。関係者のコメントを交えて以下にレポートしたい。

写真:新津保建秀 ©︎ATAK
写真:新津保建秀 ©︎ATAK

 第1部「Super Angels excerpts.」は、2021年に東京・新国立劇場で発表した『Super Angels』を抜粋して新たな形で提示する。

 Android Opera TOKYO Orchestra・コンサートマスターの成田達輝がチューニングノートのAを鳴らすクラシックの作法から、最初に演奏されたのは「Who owns this music?」だ。

 訳すと「この音楽は誰のものか?」。これは、池上高志氏(東京大学教授)と開発したAI作曲プログラムで生成した譜面をベースに作曲された音楽を、渋谷が編集、編曲し、腕利きのオーケストラが演奏することで成立した音楽を「果たして誰のものなのか」と聞き手に問いかけるような演目だ。ストラヴィンスキーを思わせるリズムとクラスター和音と早い速度でうごめく無調なフレーズは、現代音楽的な複雑さに満ちていた。

 総勢40名の精鋭が集まったオーケストラは各位がイヤーモニターを装備、映像、照明も進行、展開に合わせて完璧に同期する。諸々の回線の合計は180チャンネル超えとなる。この途方もないミックスを担当した音響、テクニカル班を称えたい。

写真:新津保建秀 ©︎ATAK
写真:新津保建秀 ©︎ATAK

 続く「Look, What's at the Bottom of the Box?(箱の底には何がある?)」はアンドロイド・オルタ4の歌声に、聴覚や視覚などに障がいを持つ子どもたちを含む合唱団・ホワイトハンドコーラスNIPPONの歌声と手歌が加わった。

 「この世にいるようでいないような浮遊感」をテーマにしたHATRAの衣装を纏う子どもたちは、各自が身体で音を感じながら表現。

<でも蓋は開けるためにあるんだよ/邪悪なものなど何もないよ>

 非同期的かつイノセントな歌声は、現代音楽的で一糸乱れぬ若き精鋭たちのシリアスな演奏とは種類の異なる力を放つ。この対照性こそ、違和が調和する本公演のイントロダクションにふさわしく思えた。

写真:新津保建秀 ©︎ATAK
写真:新津保建秀 ©︎ATAK

 響くサウンドは明るくも不気味。その中心に立つのが主演のオルタ4である。

写真:新津保建秀 ©︎ATAK
写真:新津保建秀 ©︎ATAK

 短く第1部が終わり、メインとなる第2部「Android Opera MIRROR」。オープニングの「MIRROR」から、新たに加わるのは4名の高野山声明だ。“耳”で調和の周波数を探る、次なる違和感の主が捧げたのは終末のレクイエムだったのかもしれない。

写真:新津保建秀 ©︎ATAK
写真:新津保建秀 ©︎ATAK

 彼らはプロジェクトについて「当初は違和感がありましたが、徐々にアンドロイドが仏像と同じようなイメージだと感じてきました」と明かす。その言葉は多数のロボットと共生する物語を生み出し続けた日本の想像力を想起させた。

写真:新津保建秀 ©︎ATAK
写真:新津保建秀 ©︎ATAK

 中盤では「偉そうだったらすみません。まずこの物語はひとつの物語ではできていません……」と始まる、オルタの低姿勢なMCも。

 そして「実はこの公演を持って、私はしばらくみなさんの前から姿を消すことになります」と宣言する。詳細はわからないが、オルタの雄姿は一旦見納めとなる模様。

写真:縣健司 ©︎ATAK
写真:縣健司 ©︎ATAK

 セットリストはミシェル・ウェルベックの小説の抜粋を歌詞に取り入れた「Scary Beauty」、GPTの歌詞による「BORDERLINE」、ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの遺作を歌詞に用いた「On Certainty」、三島由紀夫の遺作「天人五衰」からインスピレーションを受け作曲された「The Decay of the Angel」と進行する。

 どのリリックも数年前の制作当時より、社会情勢が混沌とする現在の方が強いリアリティを持っているように思えた。

 最も印象的だったシーンのひとつは「Midnight Swan」のリズムブレイクで早口の声明が切り込む瞬間。渋谷のキューに合わせ、ここぞとばかりにギアを上げる僧侶たちの迫力に、彼らが積み上げてきた約7年にわたる協働がもたらす信頼関係を見た。

写真:新津保建秀 ©︎ATAK
写真:新津保建秀 ©︎ATAK

 「I Come from the Moon(Android Opera ver.)」のシンセも夢のような音色で、この極楽がオルタと僧侶の歌を楽理的なテンション部へと浮かべる。このようにメロウかつ天上的に響く声明を体験できる機会は少ないだろう。

写真:縣健司 ©︎ATAK
写真:縣健司 ©︎ATAK

 だが一点、気になることがあった。それは中盤以降オーケストラが、甘美な和声や旋律を請け負う役回りに傾斜したように聴こえることについてだ。渋谷は「滅びの美」を狙っていたのかもしれない。しかし奏者側はどうだろう。若き獅子たちは第1部冒頭のような尖った音楽を求めているのではないか。

 しかし、コンサートマスター・成田は「クラシック奏者も古典や現代音楽などのカテゴリで閉じがち。だからこそインテグレーション(統合)の場を作る渋谷さんのような才能は稀です」と価値をテクニック以外の部分に見出していた。またヴァイオリニストのジドレも「楽曲はシンプルだけど、幽体離脱して宇宙に飛べた」と語った。

写真:縣健司 ©︎ATAK
写真:縣健司 ©︎ATAK

 そしてこのような問いを一蹴するようにエンディング曲「Lust」で繰り返された16分音符フレーズ、その強弱のレンジとスムーズさたるや、まさに神業だった。そこに欲望を肯定する密教の「十七清浄句」が混ざり、それをもとにGPTが生成した歌詞をオルタが歌う。今日一番の轟音に達して本編が終了した。

写真:縣健司 ©︎ATAK
写真:縣健司 ©︎ATAK

 アンコールは渋谷とオルタ4だけのステージで、「for maria」のピアノとオルタ4の即興による対話から始まり、続いて両者はMIRROR本編ではオーケストラと演奏された「Scary Beauty」をピアノのみの伴奏で演奏した。第1部で映像を担当した岸裕真は全体を指して「渋谷さんの大きなストーリーを感じた」と表現したが、この場面はさながら終わった世界でのエピローグである。

写真:新津保建秀 ©︎ATAK
写真:新津保建秀 ©︎ATAK

 そして渋谷を見つめながら感情的にメロディを歌うアンドロイド、それに心を動かされる自分が不思議だった。“見つめる”ことも“切なげ”であることも、受け手のフィクションに過ぎない。だが確かにそう映った。オルタと渋谷が心を通わせているようにしか思えなかった。人の認知とは不思議なものである。

写真:新津保建秀 ©︎ATAK
写真:新津保建秀 ©︎ATAK

 こうしてアンドロイド・オペラ10年の集大成は幕を下ろした。きっと近い未来、アンドロイドによる流暢な音楽が幅を利かせる日が来る。しかしテクノロジーがどんなに進歩したとしても、たとえ人間が不要になったとしても、創造の余地は残されている。そんな信仰に突き動かされて、渋谷はパンドラの箱を開け続けるのかもしれない。

写真:新津保建秀 ©︎ATAK
写真:新津保建秀 ©︎ATAK

■セットリスト
<第1部:Super Angels excerpts>
00.Oveture: Who owns this music? / この音楽は誰のものか?
01.Look, What's at the Bottom of the Box? / 箱の中に何がある?
02.Five Angels / 五人の天使

<第2部:Android Opera MIRROR>
01.MIRROR
02.Scary Beauty
03.Recitativo 1
04.BORDERLINE
05.On Certainty
06.Recitativo 2
07.The Decay of the Angel
08.Midnight Swan
09.Recitativo 3
10.I Come from the Moon (Android Opera ver.)
11.Lust

EN. for maria, Scary Beauty

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