『あんぱん』創作と史実を繋げる“アンパンマン”の道案内 “灰色の町”が物語にもたらすもの

少しだけ気になるのは、のぶに似ているとされるミス高知の外見がのぶに似ていないことだ。初期の漫画のおさげの少女はのぶに似ているのだが(ドラマ用に描いたものだからだろう)、ミス高知の髪型はどちらかというと、のぶの同僚・琴子(鳴海唯)に見える。史実では、やなせたかしは暢とともに月刊誌を作っているから、自然と暢をモデルにして漫画を描いたのだろうと考えられる。資料として残っている暢の写真はウェーブのかかった髪型で、漫画のキャラに少し似ているように見える。
史実の暢はこの後、取材で知り合った高知出身の政治家の秘書になり新聞社を退社し東京に行く。そのとき暢を好きだったやなせも追いかけていくそうだ。やなせたかしはずいぶんと情熱的な人である。ドラマではどうなるだろう。第15週でのぶと嵩は東京で代議士・薪鉄子(戸田恵子)に会う。「ガード下の女王」という異名を持ち、焼け跡で苦労する女性や子どもに手を差し伸べている人物に取材をしようと、のぶたちは追いかける。薪がのぶや嵩を東京に呼ぶことになるのだろうか。

ドラマのオリジナルの創作という点において、のぶは幼い頃、東京に行くことを夢見ていたとされている。そんなのぶがようやく東京に行けるのだと、第74、第75話ではのぶの東京への思いを強調している。第74話では、幼いのぶが「四国の山越えて海越えてずっとずっと遠くの銀座という町に行って……」と父(加瀬亮)に瞳をキラキラさせて言っているのを妹たちが背後で見ている場面が回想で出てきた。
第75話では「山越えて海を越えて銀座に行ってみたい」とのぶが言っていたと蘭子(河合優実)が思い出している。念のため、このセリフがあった第2話を観ると、「四国の山越えて海越えてずっとずっと遠くの銀座という町に行って……」のあと、「パン屋さんでほっぺが落っこちそうなパンを買うておなかいっぱいたべるがやき」と言っていた。目的はじつにたわいない子どもらしいものだ。そして、そのあと、のぶにはとくに東京でパンを食べる夢をもたげることはない。
ところが、第74話、第75話だけ観ると、何か大きな夢を見つづけていたように印象がすり替わってしまう。史実に基づいていない部分では、脚本上、人物の思いの強弱がはっきりしづらいという課題を感じた。その一方で、夢に見ていた素敵な東京(銀座)が見るも無惨に戦争で破壊され、おなかいっぱい食べることなど夢のまた夢であるという、夢と現実の残酷な差異にのぶが直面したと思えば、意味のあるエピソードである。

嵩は嵩で、文化がバラ色の華盛りだった銀座が壊滅して灰色の町と化していることに愕然としている。彼こそこのすばらしき銀座にのぶを連れてきたいと夢見ていたのだ。せっかくふたりで銀座に来ることが実現したのに、そこはもうキラキラしていなかった。のぶに、すてきな銀座を見せることができなかった落胆は大きいだろう。街が壊れてしまった事実を前に、のぶと嵩がどう考えて行動するのか。
ここから徐々に史実の本流に、創作の支流が流れ込んでいき、『アンパンマン』誕生という大きな川になっていくことを期待する。ちょうどその創作と史実のブリッジ部分にアンパンマンの声を担当している戸田恵子が出演するとは、アンパンマンが道案内してくれているようではないか。仕掛けはとてもよくできている。
■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK






















