『あんぱん』史実におけるやなせたかしと妻の暢を解説 2人の出会いは“新聞社”だった

NHK連続テレビ小説『あんぱん』は、第13週「サラバ 涙」から戦後の高知が舞台となっている。先生をしていたのぶ(今田美桜)は、結果として大好きな子どもたちに戦争協力をさせたことに罪の意識を感じ、教師の職を辞する。さらに、肺病で療養していた次郎(中島歩)も亡くなってしまい、のぶは辛い現実の中で呆然としてしまっている。駅ではやっとの思いで生き延び、復員してきた嵩(北村匠海)にすれ違ったのに、目にも入らなかったほどだ。だが、ここからのぶと嵩の“夫婦二人三脚”の物語が始まっていく。

本作では、嵩とのぶが幼なじみとして描かれているが、モデルとなったやなせたかしとのちの妻の暢は、幼なじみではなく職場で出会っている。復員してから、再び絵を描くことへの情熱が戻ってきたやなせは1946年5月に高知新聞社に入社。暢はやなせの向かいの席におり、やなせが一目ぼれしたといわれている。暢が採用されたのは、やなせがやってくる3カ月前で、高知新聞が採用した初の女性記者2人のうちの1人だった。2人は編集部の一員として総合文化雑誌『月刊高知』を創刊。創刊号は発行された3千部がわずか2日で完売するほどの人気となり、その後もさまざまな企画を手がけて雑誌の草創期を支えた。速記が得意だった暢は座談会の書き起こしでその腕を発揮。さらに美容やファッションの記事を執筆し、その記事にやなせが挿絵を描くこともあったという。(※1)

やなせはわずか入社2カ月後には『月刊高知』第2号の表紙を担当。しかしこれは、依頼していた作家が締め切りに間に合わずに回ってきた大役で、編集後記には「ピンチヒッターで小生が受け持ちましたがどうも凡フライで、申し訳ありません」というやなせのコメントが残されている。やなせは後に「困ったときのやなせさん」と呼ばれ、漫画のほか舞台美術制作や放送作家なども務めるが、その片鱗がこの時から表れている。(※1,2)
その後、暢は議員秘書を目指して上京。やなせはそんな暢を追いかけるように上京し、2人は後に結婚することになる。(※3)やなせの暢に対する強い思いが感じられるエピソードだ。『あんぱん』では、嵩が銀座で見つけた華やかなワンピースを身につけたのぶと思われる女性を卒業制作の絵で描いたり、のぶへなかなか手紙を出せずに健太郎(高橋文哉)にからかわれたりする場面を通して、すでに嵩の、のぶへの断ち切れない熱い思いが表現されているが、今後さらに描かれることもあるのだろうか。

やなせが絵本『あんぱんまん』を描いたのは54歳の時。さらにそれが広く世に知られるようになったのは、70歳を過ぎてからだった。暢は恵まれない時期にも「何とかなるわ。私が働いて食べさせてあげる」と言い、「あなたは普通の人とちょっと違うところがある。必ずいつか認められます」と励ましていたそう。やなせは外では暢のことを「かみさん」と呼んでいたが家庭では「おぶちゃん」と呼び、食事はいつも一緒にとっていたという。(※3)いつまでも仲の良かった2人の様子が窺える。それと同時に、嵩がちょっと照れた様子でのぶのことを「おぶちゃん」と呼んではにかむ姿や、それに対してのぶが返事をしている姿も目に浮かんでくるようだ。史実からみれば、嵩の努力が実を結ぶのはもう少し先となるため苦労もするだろうが、嵩とのぶが幸せそうに微笑む姿が見られることを楽しみにしていたい。
参照
※1.https://www.kochinews.co.jp/article/detail/866896
※2. https://www.kochinews.co.jp/article/detail/853158
※3. https://www.kochinews.co.jp/article/detail/690361
■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、加瀬亮、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、細田佳央太、高橋文哉、中沢元紀、大森元貴、二宮和也、戸田菜穂、浅田美代子、吉田鋼太郎、竹野内豊、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK