脚本家・中園ミホが『あんぱん』に込めた“やなせたかしの精神” 戦争を正面から描く決意も

NHK連続テレビ小説『あんぱん』の脚本を手がける中園ミホは、小学4年生の時にやなせたかしと文通を始めたという。「アンパンマンのマーチ」の〈なんのために生まれてなにをして生きるのか〉という問いかけや、戦争で弟を失った経験から生まれた『アンパンマン』の深い精神性。やなせの詩集を「ボロボロになるまで」読み込み、自身の人生にも大きな影響を受けてきた中園が、「やなせたかしワールド」を描く意義とは。主人公・のぶ(今田美桜)と嵩(北村匠海)に込めた思いをじっくりと語ってもらった。(編集部)
中園ミホを“作った”やなせたかし

――中園さんが『あんぱん』の脚本を書く上で、やなせたかしさんの詩はどのような影響を与えていますか?
中園ミホ(以下、中園):私は小学校4年生の時にやなせさんの詩集『愛する歌』を読んでファンレターを送り、そこから文通が始まりました。この間、開いてみたら、ボロボロなんですけど、まだほとんど覚えてるんですよ。それくらい繰り返し読んでいましたし、できるだけ“やなせたかしワールド”をみなさんに知っていただきたいと思って、取り組んでいます。草吉(阿部サダヲ)が幼少期の嵩(木村優来)に言った「たった1人で生まれてたった1人で死んでいく。人間ってそういうもんだ。人間なんておかしいな」というセリフは、詩集『人間なんてさびしいね』の一節をアレンジしたもので、まさに私はあの詩を読んでやなせさんにお手紙を書きました。索漠とした詩なんですけど、私が10歳で父親を亡くした時にその詩を読んで、悲しみから救われたんです。この詩を最初から台詞に使おうとは思っていた訳ではないのですが、自然と降りてきた感じですね。
――生前のやなせさんとの交流の中で、どういった印象を受けましたか?
中園:やなせさんはまだ代表作がないことを気にしていて、お手紙を読んでも小学生の私に「またお金にならない仕事を引き受けてしまいました」とか「お金にならないのに、なぜこんなに忙しくしてるんだろう」とか、愚痴が書いてあるんです。とても正直でまっすぐな方という印象でした。当時、テレビにも出ていらして、有名人だったんですが、手紙を出すとすごい早さで返事をくださったことを覚えています。それなのに、失礼な話なんですが、私は思春期になると、自分からやなせさんとの文通をやめてしまったんです。母に「やなせさんにお返事書いた?」と何回も怒られました。また、これも不思議なご縁なんですけど、19歳の時に道を歩いていたら向こうからやなせさんが歩いていらしたんです。「今から僕の出版パーティーがあるから来ませんか?」と誘ってくださって、ご一緒させていただきました。ただ、その時、母が重い病気を患っていて、パーティーの途中でそのことを伝えて帰ろうとしたら、「早く言いなさい!」と言って会場から母に電話をして直接励ましくださって……。その後も、やなせさんは音楽会に私を何度か招いてくださったんですけど、そこでいつも「お腹空いてませんか? 元気ですか?」と優しく声をかけてくださったことも印象に残っています。もっと大切にお手紙を書いたりすればいいのに、その後も子育てや仕事が忙しくて全然してこなかったことを悔やんでいます。そして、もし、やなせさんが生きていらしたら、今の世の中を見て何とおっしゃるのだろうとこの数年で考えるようになっていました。私は子供の頃に毎日、詩を書いていたんです。それもやなせさんの影響で、やなせさんと出会ったからこそ物を書くことが好きになり、脚本家になったと思うので、改めて、私を作ってくださった方だと感謝しています。
――朝ドラでやなせ夫妻の物語を書ける喜びというのは感じていますか?
中園:毎日やなせさんと暢さんのことを考えていると、今まで覚えるほど読んでいた詩ももっと深く味わえるので、そこも楽しいですね。やなせさんをすごく身近に感じる時があります。包まれているような……。気がついたらシーンを書き終わっていて、あまり記憶がないことがときどき起こるので、それはこの怠け者の私にやなせさんが書かせてくださっているんじゃないかなと思うことがあります。
北村匠海はやなせたかしそのまま

――出来上がった映像を観て、脚本に何か影響はありましたか?
中園:私は頭の中に小さなテレビモニターがあって、そこで登場人物が動いたり喋ったりしているのを書き取るような執筆の仕方なんです。映像が上がってくる度に、のぶと崇がイキイキと動いてくれるので、私の脚本はどんどん豊かになっていく感じです。朝田家の3姉妹も素晴らしいですし、江口のりこさん演じる羽多子さんも、千尋役の中沢元紀さんもすてき。青春期をたっぷり描くので、ずっと観ていたいと思ってしまいます(笑)。
――今田美桜さん、北村匠海さんの芝居をご覧になっていかがですか?
中園:今田さんとは『ドクターX~外科医・大門未知子~』(テレビ朝日系)でも一緒で、本当に素敵な方なんです。のぶは気の強い役で、演じる女優さんによっては少しうっとうしい役になりそうなところがありますが、今田さんだから、そこは信頼を置いて書いています。北村さんは、第1回冒頭のシーンを観たら、「え? これ、やなせさんじゃない?」と思って、鳥肌が立ちました。北村さんがどうやって役作りをしているのか、どのように乗り移ったみたいに演じられるのか、ちょっと分からないですが、ひょっとしたら現場にもやなせさんが降りて来てるのかなと思ったくらい、私がお会いしたやなせさんそのままでした。
――以前、中園さんは「ドキンちゃんは暢さんをモデルにしているんじゃないか」と話されていましたが、登美子(松嶋菜々子)にもドキンちゃんの要素が入っているように感じます。
中園:ドキンちゃんのモデルはやなせさんのお母さんと暢さんだということを、やなせさん自身がおっしゃっています。つまりその2人は似ていたんだと思うんです。バタコさんのモデルが暢さんだということも、おっしゃっているらしいんですよ。女の人はいろんな顔がありますよね。ドキンちゃんのような好奇心が強くてわがままな面と、バタコさんのように優しくていつもニコニコしているような面……暢さんはどちらの要素もある方だったのかなと思います。
――『アンパンマン』に登場するキャラクターが、『あんぱん』の中で人物に反映されているということがこの先もあると考えていいのでしょうか?
中園:公開はしてないのですが、実は私の初稿にはどんなに小さな役でも、その役に当てはめた『アンパンマン』のキャラクター名が書いてあるんですよ。それは私の趣味の世界でして。たとえば、釜次(吉田鋼太郎)と天宝和尚(斉藤暁)、桂万平(小倉蒼蛙)はそれぞれ、かまめしどん、てんどんまん、カツドンマンで、この3人がいつも一緒にいることから当てはめました。私にとって朝ドラの執筆はとてもきついので、そんなふうに密かな楽しみを持ちながら、一生懸命に書いています。
――中園さんは『アンパンマン』ではどのキャラクターが好きですか?
中園:私は、ドキンちゃんが好きです。いつも「お腹空いた」と言っていて、私もしょっちゅうお腹を空かせているので、欲望に正直なところに共感します。もちろんアンパンマンも、ばいきんまんも、ロールパンナも、メロンパンナもみんな好きです。勝手にキャラクターに当てはめて書いているので、どんどん気持ちが入ってしまって、最近はロールパンナを見るだけで涙腺が緩んでしまうぐらいに、『アンパンマン』のキャラクターに気持ちが入ってしまっています(笑)。