『鬼滅の刃』遊郭編はなぜ悲しく儚いのか 妓夫太郎&堕姫兄妹が際立たせた“鬼側”のドラマ

『鬼滅の刃』遊郭編で際立った“鬼”のドラマ

 また、妓夫太郎と堕姫の兄妹と、炭治郎と禰󠄀豆子の兄妹についても触れないわけにはいかないだろう。炭治郎本人も「その境遇はいつだっていつか自分自身がそうなっていたかもしれない状況」であり、炭治郎と禰󠄀豆子が2人とも鬼になっていた未来があったかもしれないと語るように、確かに、両兄妹は「遊郭編」時点で2人きりの家族で支え合っており、その点は同じ境遇にあると言えるだろう。しかし、それぞれの過去と、生まれた環境は全くもって違うものである。

 なぜならば、元々たくさんの家族に囲まれて育ってきた炭治郎と禰󠄀豆子は、これまでにも温かい家族の記憶に何度も命を救われてきており、「遊郭編」の第6話「重なる記憶」でも家族との思い出の子守唄が物語の鍵を握ることとなる。一方で、妓夫太郎と堕姫は、幼い頃から本当に2人きりで生きていくしかなかった状況にあり、実際にあの境遇に生まれて生きていくしかない人がいたとして、果たして「鬼にならない」という選択を取れるものだろうか。そう思ってしまうほど、暗く過酷な過去を持つからだ。

 このように「遊郭編」では、上弦の鬼と柱による死闘を通して、宇髄も炭治郎も「家族の力」でピンチを潜り抜けるという描写が積み重ねられた上で、最後に妓夫太郎たちの過去が描かれるという構成により、辛く苦しい彼らの孤独と悲壮感を抱える「鬼側のドラマ」が一層際立つ展開となっているのだ。そして、そんな2人きりの兄妹の過去と、何度生まれ変わっても同じだという彼らの絆を、炭治郎たちはもちろん、慮ることはできれど、妓夫太郎たちの2人以外の何者にも知る由はない。その事実により鬼であることの罪と罰を残すバランスも併せて、「遊郭編」は悲しく儚いながらも素晴らしい落とし所と結末をもって描かれていると言えるだろう。

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 最後に、「遊郭編」について、今更何かをぶり返すつもりも毛頭ないのだが、『鬼滅の刃』が子供にも大人気であるが故に「遊郭」という場所の設定に対する物議があった。そうした意見が出たことにも頷けるのだが、やはり歴史として「遊郭」は存在し、そんな「遊郭」を舞台としたからこそ、このように社会と人間と世間が誰かを鬼にしてしまうきっかけを作った、もしくは、作ってしまうかもしれないという想像力の重要性は意味を強めたといえる。それは、大人にとっても、子供にとっても『鬼滅の刃』の「遊郭編」を通して感じられる大切なことなのではないだろうか。

 このように、『鬼滅の刃』の中でも、鬼側が残す人間性とドラマが特に際立っている「遊郭編」が存在することによってまた、今後の一面的ではない鬼と人の対立という構図にさらなる厚みが加わった。改めて、鬼と人を超えた圧倒的な巨悪・鬼舞辻無惨に立ち向かうこれからの炭治郎たちの勇姿や覚悟からますます目が離せない。

※竈門禰豆子の「禰」は「ネ」に「爾」が正式表記。

■放送情報
『特別編集版「鬼滅の刃」遊郭潜入編』
フジテレビ系にて、6月29日(日)19:00~21:30放送
キャスト:花江夏樹(竈門炭治郎役)、鬼頭明里(竈門禰󠄀󠄀豆子役)、下野紘(我妻善逸役)、松岡禎丞(嘴平伊之助役)、小西克幸(宇髄天元役)、石上静香(まきを役)、東山奈央(須磨役)、種﨑敦美(雛鶴役)、沢城みゆき(堕姫役)
原作:吾峠呼世晴(集英社ジャンプ コミックス刊)
監督:外崎春雄
キャラクターデザイン・総作画監督:松島晃
脚本制作:ufotable
サブキャラクターデザイン:佐藤美幸、梶山庸子、菊池美花
プロップデザイン:小山将治
美術監督:衛藤功二
撮影監督:寺尾優一
3D監督:西脇一樹
色彩設計:大前祐子
編集:神野学
音楽:梶浦由記、椎名豪
アニメーション制作:ufotable
主題歌:Aimer「残響散歌」「朝が来る」
©︎吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

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