『あんぱん』覚悟をもって描かれた戦争描写 朝ドラとしては“異例”の演出を解説

『あんぱん』覚悟の戦争描写と異例の演出

 NHK連続テレビ小説『あんぱん』で長きにわたって映し出されてきた戦争は、多大な犠牲を生み出して終結した。初回の冒頭で、嵩(北村匠海)が『アンパンマン』の片鱗となる絵を描いている途中、のぶ(今田美桜)に「お腹空いた。さぁ、朝ごはん食べよう」と笑顔で話しかけられるシーンを観たとき、生々しい戦争の惨禍がこれほど長い時間をかけて描かれると予想していた人がどれだけいるだろうか。

 オープニングでは、今田美桜が近未来的な映像のなかを虹色の光に導かれて快活に走り回り、RADWIMPSの手がけた主題歌「賜物」が彼女の興味の尽きない世界を豊かに色づけていく。物語に込められた確かな希望がポップに表現されたオープニングで、どちらかと言えば未来へのワクワクや高揚感が感じられる幕開けだった。

 幼少期にのぶと嵩が土佐で出会い、ふたりの導き手でもある“ヤムおんちゃん”こと屋村草吉(阿部サダヲ)の作った“あんぱん”が、のぶと嵩の人生に食べることの喜びをもたらす。『アンパンマン』に登場するキャラクターがオマージュされた人々に親しみを覚えつつ、「たまるか」「たっすいが」などの土佐弁が飛び交う会話に癒やされることも多かった。

 物語の潮目が変わったのは、のぶと嵩の進路先での翻意だろう。のぶは女子師範学校で黒井(瀧内公美)から厳しい指導のもと祖国への奉公の精神を叩き込まれる。東京の芸術学校に辛くも受かった嵩は、座間先生(山寺宏一)の斬新で柔軟な考えに触れ、銀座の街で自由を謳歌する。“統制”と“自由”という正反対な環境下で、次第にふたりは師の言葉に大きな影響を受けていく。

 相対する方向へと歩みを進めたふたりの足跡が重なるはずもない。子どもの頃に名前を呼び合った思い出のシーソーでプレゼントを渡そうとした嵩は、のぶに「贅沢なものをもらうわけにはいかない」とつき返される。のぶと嵩の思いが決定的にすれ違ったその場面を境にして、徐々に彼らの瞳には変化が生まれていた。

 のぶはその後も皆から“愛国の鑑”と呼ばれるほど軍国主義に身を染めながらも、豪(細田佳央太)の死の便りや草吉の失踪を経て、自身の発言に迷いが生じていく。演じる今田美桜の瞳には、輝かしい将来の姿をまっすぐに夢見ていたかつての輝きはもうない。戦時中の彼女の瞳は、確固として信じていた正義が崩れていく“戸惑い”で揺れていた。

 一方の嵩は、子どものころから前を走り続けるのぶを憧れの眼差しで見つめていた。自らがとった行動の情けなさで卑屈さを全開にすることは多々あれど、その目が見る先にはいつものぶの姿があった。しかし、のぶとの戦争に対する考え方の違いをまざまざと目の当たりにしてから、嵩の瞳には徐々に影が差していく。その後、戦地に赴いた嵩の目はまるで空洞のようだった。北村匠海が役柄として空虚な思いを瞳に宿すのは一度や二度ではない。それでも彼が演じた嵩の瞳は、これまで観てきたどの北村匠海と比べても“空っぽ”だったように思えた。

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