『あんぱん』覚悟をもって描かれた戦争描写 朝ドラとしては“異例”の演出を解説

『あんぱん』覚悟の戦争描写と異例の演出

 そして、筆者が『あんぱん』を毎朝、視聴していてひしひしと感じるのは、のぶと嵩が“逆転しない正義”を確固たる信念として抱くまでは、どれほど凄惨な描写だろうと映像に映し出すという制作陣の覚悟だった。

 自身の立場から「正義」を武器のように振りかざす人がいる。しかし、その正義は異なる角度から眺めると、あっさりと反転して見えることも少なくない。それでも、嵩のモデルとなったやなせたかしは、決して立場や状況に左右されることなく、根本から揺らがずにそびえ立つ“逆転しない正義”を追い求めた末、国民的なヒーロー「アンパンマン」を生み出す。彼の創作に至る軌跡には、これまで信じていた正義がひっくり返るほどの壮絶な体験があったことを、制作陣は真正面から誠実に描いているのだ。

 特に第59話はオープニングも主題歌も流れないまま終了する。それもやはり、極度の飢えによって戦地で生死をさまよう嵩の姿を、ありのままに映し出すための措置だろう。希望に満ち溢れたオープニングは、確かにあの回の想像を絶する描写にはそぐわない。それでも、朝ドラでは異例となる演出をいとわずに実行したことには、制作陣の揺るがない覚悟を感じた。

 ヒロインであるのぶの視点を挟むことなく、嵩の軍隊での生活や戦地での経験を描いたこともそうだ。これまでも戦争が起こした対立や喪失は、朝ドラで幾度となく描かれてきた。しかし、中国・福建省で現地の人に紙芝居を見せる宣撫班での活動に加えて、これまでの朝ドラでは映し出されてこなかった戦争の前線で起こる食糧難や飢餓も、やなせたかしの実体験に基づきながら、嵩の眼を通して物語に取り入れられている。

 これからの舞台となるのは戦後の日本。戦争は終結したが、のぶと嵩はそれぞれ身内でかけがえのない存在である次郎(中島歩)と千尋(中沢元紀)を亡くした。どちらものぶと嵩が人生を自問自答しながら迷うなかで道を踏み外してしまいそうになったとき、一本の道筋を示してくれた人物だった。

 大きな“喪失”が心を占めるふたり。のぶは軍国主義に傾倒して子どもたちを戦争へと誘ったことを悔いて、教師の仕事を辞める決心をした。一方の嵩も、壮絶な戦地での飢えによって変わり果てた幼き頃の同級生の姿を目にして、正義のあり方に思いを巡らす。

 一度は違えたはずののぶと嵩の人生が再び、交錯することになる後半戦。寛(竹野内豊)伯父さんの「絶望の隣は希望」という言葉を信じて、辛く悲しい現実を生き続けたふたりの人生をこれからも追っていきたい。

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、加瀬亮、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、細田佳央太、高橋文哉、中沢元紀、大森元貴、二宮和也、戸田菜穂、浅田美代子、吉田鋼太郎、竹野内豊、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

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