『あんぱん』は“自分の言葉を懸命に探す”人々の物語 のぶの切ない愛の“ねじれ”を考える

「美しいものを美しいと思ってもいけないなんて、そんなのおかしいよ」と、かつて嵩(北村匠海)がのぶ(今田美桜)に言ったことを思い出す。
『あんぱん』(NHK総合)第33話で、嵩がのぶにプレゼントしようとした赤いハンドバッグをのぶに拒まれた時に言った言葉だ。本作が“アンパンマン”を生みだしたやなせたかしと暢の夫婦をモデルにした物語だと知っている視聴者の多くは、赤いハンドバッグも、夫・次郎(中島歩)が別れ際に彼女に預けたカメラも、いつか、きっとあるはずののぶの明るい未来に何らかの形で繋がっていくのだろうことを予感していて(なぜならショーウィンドウ越しに嵩が見つめた、ハンドバッグを持つマネキンが着ていた洋服は主演・今田美桜がポスタービジュアルで着用しているワンピースと同じなのだから)、ことごとくそれらを拒み、「今」だけを見つめようとするのぶの頑なさを、ヤキモキしながら見つめているのではないだろうか。

戦争は人の心と言葉をあべこべにしてしまう。気づいたら「美しいものを美しいと思ってもいけな」くなり、甥を心配する伯母・千代子(戸田菜穂)の涙すら否定されなければならないものになってしまった。「家のためでなく、自分が何をしたいか考えること」の大切さや、「人間、得手不得手があって当たり前だから、やりたくないことや向いていないことはしなくていい」ということを優しく教えてくれていた“ヤムさん”こと屋村(阿部サダヲ)や寛(竹野内豊)がいた『あんぱん』の世界は跡形もなく消えてしまい、すべてが逆さまである。でも、そこにいる人たちの心そのものが変わったわけではないから、彼ら彼女らは戸惑い、迷う。戦場へと向かう人々と、見送るのぶたちの思いが描かれた第10週は一貫して、それでも「自分の言葉を懸命に探す」人々の物語だったのだと思う。
第10週は、恐らく意図的に、誰もがバラバラのことを話している。思っていることと、口にしていることが少しずつ違っている。たまに本音を言ったかと思えば、次の場面では正反対のことを言っている。それはその人の迷いとも言えるし、その人が「社会で担わされている役割が言わせている言葉」と「個人の言葉」の相克でもあるだろう。でも時には、揺るがず自分を貫く人もいて、驚かされる。そんな週だった。

例えば第49話、座間(山寺宏一)は嵩の「僕は戦争が大嫌いです」という言葉に対し「非国民め」と咎めつつ食事に誘い、一方の嵩は「戦争が大嫌い」と言ったそばから、母・登美子(松嶋菜々子)に「それがこれから祖国の役に立とうとする息子に言うこと?」と投げかける。そんな中、登美子の言葉には嘘やごまかしが一切ない。誰の目にも明らかな「嵩は兵隊に向いてない」ということを理由とともにまくし立てるのである。そんな彼女に対し「一言ぐらい、母親らしいことを言ってくれても」と責める嵩に、登美子は言葉が見つからないまま去ることになる。「母親らしいこと」とは何か。
その問いの答えは、1日置いた第50話で明らかになった。当時の最適解は、第50話で民江(池津祥子)が千代子や登美子に迫ったように「立派に送り出すこと」だった。でも嵩の壮行会に駆けつけた登美子は本来なら許されない本音をぶつける。そして、その本音は、のぶの心をも動かしたのだった。





















