『あんぱん』は“自分の言葉を懸命に探す”人々の物語 のぶの切ない愛の“ねじれ”を考える

『あんぱん』は“自分の言葉を探す”物語

 教師で、長女で、「愛国の鑑」という「社会的地位」を背負わされたのぶは、気づいたら当時の「最適解」とされる言葉しか言えないヒロインになっていた。そんな彼女を真っ直ぐに愛した男性が、夫となった若松次郎だ。カメラが趣味の彼は、常にファインダー越しに彼女を見つめた。第48話は、カメラを構えた次郎の視線の先にあるのぶの姿から始まる。つまりそれは、次郎の目を通してくっきりと浮かび上がる、「あるべき自分」と「本当の自分」の間で揺れ続ける彼女を示した回だと言える。

 まずは「撮りたいもの=のぶ」を真っ直ぐに撮る彼の揺るがない愛に対し、「撮りたいもの=朝田家の人々」を嬉々として撮るものの、肝心の夫・次郎を撮るのは2度とも躊躇してしまうのぶという対比で、2人の愛の切ない“ねじれ”を描く。一方、電車の中でのぶは、まるで幼い子供が父親に話しかけるようにあどけない表情で「戦争が終わったらしたいこと」を次郎に話している。それはどこか、御免与駅で結太郎(加瀬亮)と話していた頃の彼女(永瀬ゆずな)の姿と重なるとともに、電車で女子師範学校へと向かう時の姿まで思い起こさせる。

 つまりそこで彼女は「何者でもなかった頃の自分」に戻り、つかの間夢を見るのである。でも、次郎の出発の朝には、戦争に負ける未来を予見した彼の言葉を真っ向から否定し、「お国のために、立派なご奉仕を」と言って見送る「生徒たちに勇ましく教える」教師の顔に戻っていたのだった。

 「ハチキンおのぶ」は走るのが早い。でも、走り出すのはいつも少し遅いのだ。「ゆっくり見つけたらえい。見つかったら思いっきり突っ走ればえい。のぶは足が速いき、いつでも間に合う」という父・結太郎の言葉に、次郎の「ゆっくり考えればえいです。のぶさんは足が速いき、すぐ追いつきます」という言葉が加わって、彼女はやっと「自分自身の言葉」を取り戻し、全速力で走りだした。次郎のところまで追いつけなくても、せめて「一番古い友達」嵩には言えたのだ。「必ずもんて来ぃ」「死んだら承知せんき」と。その言葉を、かつて彼女が走って届けた受験票とあんぱん代わりに抱きしめて、嵩もまた、新たな「地獄」の入り口に立とうとしている。

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、加瀬亮、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、細田佳央太、高橋文哉、中沢元紀、大森元貴、二宮和也、戸田菜穂、浅田美代子、吉田鋼太郎、竹野内豊、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

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