『忍者と殺し屋のふたりぐらし』なしでは語れない2025春アニメ ポスト新房シャフトの極地

『にんころ』なしでは語れない2025年春アニメ

葉っぱに変わる死と倫理──『忍者と殺し屋のふたりぐらし』論

 2025年4月より放送されているTVアニメ『忍者と殺し屋のふたりぐらし』(以下、『にんころ』)は、ハンバーガーによる同名漫画を原作とした作品であり、制作を手がけるのは、『〈物語〉シリーズ』や『魔法少女まどか☆マギカ』などで知られるアニメーション制作会社シャフトである。

 シャフトといえば、極端に平面的な画面構成、幾何学的なレイアウト、タイポグラフィを活用した文字演出、さらには実写映像のコラージュといった手法を巧みに組み合わせ、視覚的な演出と感情表現を交差させる独自のスタイルによって高く評価されてきた。そしてその演出スタイルの中心に長らく位置してきたのが、監督・新房昭之である。新房がはじめてシャフトで監督を務めた2004年放送の『月詠 -MOON PHASE-』以降、新房はシャフト作品の演出を一貫して支え、スタジオのアイデンティティの形成に大きく貢献してきた。

 しかし『にんころ』では、新房はメインスタッフとして関わっていない。本作で監督を務めるのは、新房のもとで長年にわたり演出を担ってきた宮本幸裕である。宮本は『魔法少女まどか☆マギカ』や『Fate/EXTRA Last Encore』などでシリーズディレクターや監督として名を連ねており、いずれの作品でも新房が総監督として関与していた。総監督と監督の役割分担は作品ごとに異なるが、一般的には脚本会議や絵コンテ修正などの上流工程を新房が担い、その後の制作を宮本が引き継ぐというのが、シャフトにおける基本的な制作体制であった。

 宮本はスタジオ内で使用されているとされる「シャフト演出マニュアル」を作成した中心人物でもある。いわゆる「新房シャフト」と呼ばれる独特の演出スタイルの内部にあって、その美学を継承しつつも独自に再構築しようとしてきた点において、宮本はある意味で新房以上に「新房シャフト」を体現する演出家であるとも言えるだろう。

『にんころ』に潜む笑いと死、両極端なモチーフ

 『にんころ』は、そんな宮本にとって、テレビシリーズとしては初の単独監督作品にあたる。本作は、シャフトにおける演出のアイデンティティが、「ポスト新房」体制のもとでいかに変容しうるのかを問う、実験的かつ意欲的な試みとして位置づけることができる。

 実際、『にんころ』は、2000年代後半のシャフト作品──たとえば『ぱにぽにだっしゅ!』や『さよなら絶望先生』といった一連のシリーズ──の系譜を、明確に受け継いでいる。ナンセンスなギャグ、記号的かつ断片的な演出、さらには画面の色彩を大胆に切り替える「色変え」と呼ばれる手法など、かつての軽妙なスタイルが、本作において息を吹き返しているかのようである。

 もっとも、ここで言う「軽妙さ」は、単なる気軽さや脱力的な作風を意味するわけではない。むしろ本作におけるユーモアは、暴力や死といったシリアスな主題を反転的に浮かび上がらせる機能を果たしている。緩やかなギャグ描写が続くなかで、突如として訪れる「死」の場面──視聴者が肩の力を抜いたその瞬間に、不意打ちのように挿入されるその描写は、決して単なるサプライズとして消費されるものではない。

 この唐突な転調は、物語展開における意外性というよりも、笑いと死という両極的なモチーフを同時に内包しうる緊張の場を生み出すための仕掛けである。緊張と弛緩が交錯することにより、日常の背後に潜む暴力の気配が可視化され、その曖昧な境界が照らし出される。まさにその緊張のなかにこそ、『にんころ』という作品の核心が存在しているのである。

 『にんころ』のストーリーについて、簡単に紹介しておこう。忍びの里を抜け出し、抜け忍として追われる身となった少女・草隠さとこは、街で行き倒れていたところを、女子高生の殺し屋・古賀このはに救われる。命を狙われる立場にあるさとこは、このはに匿われる代わりとして、暗殺や死体処理といった彼女の仕事を手伝うようになり、こうしてふたりの奇妙な共同生活が始まるのである。

 本作が描き出す日常は、前述した過酷な設定とは裏腹に、驚くほど穏やかで牧歌的である。ショッピングモールでの買い物、入浴後にテレビを見ながら交わされる他愛もない会話、食卓を囲んでの団欒。こうした場面が繰り返されることで、物語は次第に、一種のホームドラマ的な温もりを帯びていく。

 とはいえ、その日常の背後にはつねに暴力の気配が潜んでいることは、すでに述べた通りである。『にんころ』がユニークなのは、その暴力性を剥き出しに描くのではなく、「笑い」という形式を通してそれを滲ませている点にある。ナンセンスなギャグやユーモラスな演出は、視聴者に油断を促すと同時に、その油断の隙間に倫理的な違和感をそっと忍び込ませる。笑いと死の接触は、軽妙さのなかに倫理的な亀裂を走らせる仕掛けとして作用し、見る者の無自覚なまなざしに問いを突きつけるのである。

 本作において、まず指摘しておかなければならないのは、『にんころ』の世界観が、あからさまにパロディ的であるという事実である。実際、第1葉「忍者と殺し屋の出会い」(絵コンテ:宮本幸裕・潮月一也/演出:宮本幸裕)の冒頭が、1969年のTVアニメ『忍風カムイ外伝』を、当時の作画の質感やセルバレ等を含めてほぼ完璧に模した映像演出で始まる点は、その姿勢を象徴的に示している(この一連のシークエンスは、シャフトのベテランアニメーターである山村洋貴によって主に手がけられている)。本作は、物語や演出をリアルに描こうとはせず、アニメという虚構表現そのもの、あるいはジャンル自体をあえて引き受け、それを演出として可視化しようとしているのである。

 たとえば、さとこは「忍者」という設定であるにもかかわらず、その衣装はまるでコスプレのように見える。抜け忍として追われる身であるはずなのに、身を潜めるどころか、むしろ目立つ格好で街を平然と歩いている。本来であれば、追手を撃退して殺めるよりも先に、彼女自身がまとう忍者装束や手裏剣型のヘアアクセサリーを、自身の得意とする忍術──物体を葉っぱに変える能力──によって適切に処理し、身を隠すべきだろう。

 さらに、さとこを追う忍者たちも、忍者とは到底思えないような、派手で露出度の高い衣装を身にまとっている場合が少なくない。こうした「あり得なさ」は、リアリズムが破綻しているというよりも、ジャンル的記号の反復によって構築されたパロディ性として機能している。すなわち本作は、ジャンルそのものを戯画化することで、アニメという形式が本質的に持つ虚構性を、自己言及的に浮かび上がらせているのである。

 同様のことは、このはのキャラクターについても指摘できる。「女子高生」と「殺し屋」という組み合わせは、いかにも日本的サブカルチャーにおける記号的な設定であり、現実的な人物像というよりは、フィクション内で繰り返し用いられてきた図像として機能している。また、作中に登場する「殺し屋ランキング」という物騒な制度も、(SNSやオンラインゲームによって相互評価の値が可視化された)現代社会のゲーム的リアリティを反映した設定と見ることができる。実際、さとこがこのランキング制度を、グルメサイトやソーシャルゲームの順位と同様の構造であると指摘する場面すらある。

 『にんころ』についてしばしば指摘されるクリシェのひとつに、「死を軽視しているのではないか」という評価がある。この問いに対しては、軽視しているとも、軽視していないとも、いずれの立場からも説得的な説明が可能だろう。だが重要なのは、まさにその両義性、すなわち本作が「死」をめぐって単一の意味に収束しない構造を持っているという点である。

 この両義的な在り方を読み解くための手がかりとして注目すべきなのが、本作において、追手として登場する忍者たちが単なる敵役として機械的に消費されているわけではない、という描写である。彼女たちはそれぞれ、固有の関係性と時間を与えられた存在として描かれている。その象徴的な場面が、第2葉「忍者と殺し屋の日常」(絵コンテ:八瀬祐樹/演出:藤田星平)のCパートに挿入される、草隠あすか・みどり・ふみこの3人による回想シーンである。

 この3人は、いずれも暗殺任務に失敗し、あっけなく命を落とす。しかしその直後、Cパートとして挿入される回想において、かつて3人が過ごした「女子会」の情景が再現される。恋の悩み、仕事への愚痴、くだらない冗談といった、殺しの任務とは無縁の日常的なやりとりが交わされることで、彼女たちがかつて生きていた時間の厚みが、丹念な会話劇として浮かび上がってくる。

 視聴者はすでに、彼女たちが物語上で命を落としたことを知っている。ゆえに、この何気ない日常の描写は、単なる過去の風景ではない。それは、死の直後に配置されることによって、日常の温もりが失われてしまったという事実を逆照射する、強烈なコントラストを生み出している。

 とりわけ注目すべきは、この一連のシークエンスにおける時間配分の非対称性である。殺しの場面はわずか数カットで簡潔に処理される一方で、このCパートの回想は、約3分間にわたって静かに、丁寧に描かれる。この「長さ」にこそ、本作が示す倫理的な配慮の所在があると言えるだろう。仮にこの回想が、殺しの場面と同様に短く、ギャグ的に処理されていたならば、それは単なる悪趣味な演出としてしか受け取られなかったかもしれない。

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