脚本家・中園ミホが『あんぱん』に込めた“やなせたかしの精神” 戦争を正面から描く決意も

脚本・中園ミホが『あんぱん』に込めた思い

のぶの信じる正義はおもいっきり逆転する

――やなせさんと暢さんが出会ったのは大人になってからですが、ドラマの嵩とのぶは小学校の同級生で幼なじみです。

中園:やなせさんに「子供の時、どんな子でしたか?」と聞いたことがあるのですが、「気が弱くて、あまり男の子っぽい遊びはせずに、女の子の友達がいた」とおっしゃっていたんです。お世辞だとは思いますが、「ミホちゃんみたいに、元気のいい女の子だった」ともおっしゃっていて…。後の暢さんがもし近所に住んでいて、やなせさんと幼馴染だったらこういった会話をしていたんじゃないかというのを想像しながら、オリジナルで作らせてもらいました。やなせさんは複雑な生い立ちなので、センチメンタルな詩もいっぱい残していて、寂しかったんじゃないのかなとも思うんです。『やなせたかしおとうとものがたり』を読むとそう感じますし、元気のいい明るい女の子がそばにいてくれたらいいなという私の願望も入っています。

――のぶはどのようなイメージで描いていますか?

中園:当時の真面目で純粋な女の子は、私の知る限り、ほぼみんな軍国少女になっていくんです。いい教育を受けた人ほどそうなので、おそらく暢さんもそうだっただろうとイメージして書きました。『あんぱん』は、ドラマの冒頭に出てきた「逆転しない正義は一切れのパンを困っている人に届けることだ」という答えに行き着く夫婦の話なので、特にのぶの信じる正義はおもいっきり逆転する、そういうイメージで書いています。

――暢さんに関する資料はほとんど残ってないそうですね。

中園:そうですね。お仕事でもほとんど会った方がいなくて、当時の秘書だった越尾(正子)さんにはたくさんお話を伺えたんですけど、資料が残ってないので、こういう人だったんじゃないのかなという、私の想像を膨らませて役柄を作っています。貴重な数少ない資料の中で、高知新聞社に勤めていた時には編集後記を書かれているので、それを読むとイメージが膨らみました。少ないですが、その他の残っているエピソードはどれもすごく素敵なんです。それはたっぷりドラマにも使わせていただいています。取材をして思ったのは、暢さんは“ハチキンお暢”と言われたパワフルな女性なんですが、妻としてやなせさんを引っ張り上げ、背中を押していたんだと感じます。上京する時のエピソードもそうですが、暢さんがいなければ、やなせさんはずっと愚痴ってるおじさんだったかもしれないなと思いました(笑)。

――のぶと嵩は高知新聞社がモデルとなる高知新報社に携わることになります。

中園:高知新聞社で2人が出会う頃からは、史実に忠実に描いています。貴重な資料もお借りしたので、やなせさんと暢さんが編集に携わった雑誌『月刊高知』の辺りはかなり史実通りになっていると思います。高知新聞社にいた時期は、お2人ともとても短くて、暢さんに関しては1年もいなかったんですけど、あそこで2人が出会ったということ、特に戦争直後に2人が出会ったということは、その後の2人の人生に大きな意味があると思うので、とても大切に描きました。

人生はつらいことがあるからこそ、楽しい物語や音楽が必要

――やなせさんと暢さんが結婚するのは高知新聞社を退職してからです。のぶと嵩の恋愛を描く上で大切にしたことはありますか?

中園:この2人のキャラクターが出会ったら、こういう会話をしてこういうことが起きるんじゃないのかなとイメージして作っていったら、自然と恋に落ちていきました。最近はお仕事ものの作品を書くことが多かったのですが、この作品は久々に大恋愛をたっぷりと書いているので、それも楽しいですね。

――史実では暢さんの方が先に亡くなることになりますが、現段階で中園さんが思い描いている最終回の構想はありますか?

中園:それはまだ話せません! ここでお話ししても、書いてるうちに変わっていってしまうことがあるので、嘘をつくわけにはいきませんし……。ありありと一つのシーンが浮かんではいるんですけど、やっぱりそれは話せません(笑)。前半はオリジナルのファンタジーな部分もあるんですけど、だんだんと史実通りになっていくので、どのように『アンパンマン』が生まれるのか、そこも楽しんでいただきたいなと思います。

――中園さんが『あんぱん』を通して、伝えたいメッセージを教えてください。

中園:〈なんのために生まれてなにをして生きるのか〉という「アンパンマンのマーチ」の歌詞のメッセージも伝えたいですし、戦争によって一番大切な弟を亡くし、その果てに『アンパンマン』が生まれたというのを、今回ドラマの構成をしていく中で改めて強く感じたので、その尊さも伝えたい……。やなせさんが残したメッセージをできるだけたくさん書きたいですし、言ってしまえば伝えたいのは、やなせさんのその精神全てです。

――戦後80年を迎える年に放送される朝ドラでもあります。

中園:そこはすごく意識していますし、みなさんが驚くぐらいしっかり戦争を描いています。私はやなせさんを描くということは、戦争を描くということだと思っていて、時間をかけてしっかり描きました。飢えることがどんなにつらいかということをやなせさんはいろんな本にも残していますし、だからお会いすると私にも「お腹空いてない?」と言ってくださったんだと思います。やなせさんは激しい戦闘には巻き込まれてはいないんですが、それでも戦争は大嫌いだと言い続けた方。なので、戦争のパートは気合いを入れて書きました。戦争当時のことは、まるで知らない国の言葉みたいに難しくて、他の話の4倍ぐらい時間はかかってしまったのですが、それでもそこから逃げてはいけない、と思って書いています。

――第1週の「人間なんてさみしいね」、第2週の「フシアワセさん今日は」というタイトルやこれから描かれる戦争描写もそうですが、生きることの厳しさや寂しさを描くんだということを強く感じます。あえてそういったテーマを書こうとする決意と、それをエンターテインメントとして朝の時間に届ける上でどのように工夫をしていますか?

中園:実はそこに一番力を入れています。何も失わない人生はないですよね。みなさんもいつか経験することで、やなせさんには若い時にいろんな別れがあったんです。その深い悲しみを何度も乗り越えてきたから『アンパンマン』が生まれた。私がお会いした頃、やなせさんは愚痴っぽかったけれど、すごく明るい方で、冗談がお好きだったんですよね。人生はつらいことがあるからこそ、楽しい物語や音楽が必要だということをいつも考えていた方なんだと思います。私もその精神を受け継ぎ、物語の前半はつらいことが続くけれど、それをどうやって楽しく面白くみなさんに届けられるかなと試行錯誤しながら書いています。キャストの方々との最初の顔合わせでも、「つらいことが続きますけど、それでも毎日、毎朝観て元気になれるドラマにしたいので、とにかく楽しく明るくやってください。」とお願いしました。みなさん、それにちゃんと応えてくださって素晴らしい演技をしていますし、私自身も「深い悲しみを味わわなければ、喜びも幸せも分からない」という気持ちを忘れずに書いています。それこそが、やなせさんの作風であり、人生だと思います。

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、加瀬亮、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、細田佳央太、高橋文哉、中沢元紀、大森元貴、二宮和也、戸田菜穂、浅田美代子、吉田鋼太郎、竹野内豊、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

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