ベルトラン・ボネロ『けものがいる』はただのSFではない 既存の作品と一線を画す独自性

SF映画『けものがいる』の独自性を紐解く

 人間は、恋愛をしたり、仕事や遊びに熱中するなど、何かにのめり込んでこそ、“生きて
いる”という実感を得られるのではないだろうか。しかし、本作に登場するAIによる感情消
去や、また1910年代の結婚観や社会規範、そして2014年の、人間性を“スペック”や商業的
価値に当てはめて判断される社会の求めなどに応じて、自分の心のなかの判断や感情の外で
生き方を決めてしまうことは、自分で自分の人生を、意味なく浪費させるのに等しいのでは
ないか。そういった、自分のなかに存在する“人生の脅威”こそが、“けもの”の正体なのかも
しれないのである。

 本作では、あるパートのクライマックスで、デジタル映像がエラーを引き起こす「グリッ
チアート」演出が再登場する。それは、理屈ではかることのできない“人間の感情”が、“けも
の”と激しくぶつかり合った表現であると考えられる。それは、ある意味で真に“エモーショ
ナル”な瞬間だといえるだろう。

 フランス映画は、伝統的に“愛”をテーマにすることが多い。本作がSFや歴史を題材にしな
がらも、やはり“愛”を人生の一大事とし、それをガブリエルら主人公たちの生きる目的と設
定して、哲学的な思考に至るのも、フランス的な感性だといえるだろう。国際的に活躍する
レア・セドゥは、ここではやはりフランスの俳優として、その“愛”を、全身で体現している

 ヒト型AIロボット人形ケリー(ガスラジー・マランダ)は、ガブリエルの感情の浄化をサ
ポートするという、非人間的な役割を担いながらも、ガブリエルに愛情をおぼえているかの
ように見え、AIながら唯一、人間性に到達する可能性を感じられるキャラクターでもある
。『ブレードランナー』(1982年)が、人間と人造人間との境界の曖昧さを描いていたよ
うに、人間性を失わせるために動くはずのAIが“愛”への可能性を垣間見せる。

 本作『けものがいる』は、人生を輝かせる人間の感情と、“けもの”に象徴される人生の脅
威の対立をメインテーマとして、フランス風の“愛の哲学”を描いた作品だといえる。しかし
、そこに単純な対立構造を超えた、AIの生み出す愛の可能性を追加したことで、さらなる奥
行きを内容にもたらし、SF映画として考えさせる作品になったといえるだろう。

■公開情報
『けものがいる』
4月25日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
出演:レア・セドゥ、ジョージ・マッケイ、ガスラジー・マランダ、グザヴィエ・ドラン(
声)
監督・脚本・音楽:ベルトラン・ボネロ
共同プロデューサー:グザヴィエ・ドラン
配給:セテラ・インターナショナル
2023年/フランス・カナダ/仏語・英語/ビスタ/5.1ch/146分/原題:La bête/英題
:The Beast/字幕:手束紀子
©Carole Bethuel
公式サイト:kemonogairu.com
公式X(旧Twitter):@Kemono_movie

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