孫家邦はなぜ坂元裕二と映画を作ったのか “遠いところまで来てしまった”『片思い世界』

孫家邦はなぜ坂元裕二と映画を作ったのか

映画は簡単には作れない、いや、簡単に作ってはいけないんだ

――さらに『花束みたいな恋をした』が異例の大ヒットを記録してから、コンビ第2作『片思い世界』の始動も早かったですね。

孫:坂元裕二という脚本家はいま、大きな物語を書きたいというふうに思い始めている気がします。彼と話をしながら聞いたのは、やっぱり興行収入の面においても新海誠こそが日本一の監督なんだと。そのことを真摯に受け止めるところから、実写映画はアニメとの勝負を始めていかなければならない。『すずめの戸締まり』(2022年)についても真剣に語り合いました。

孫:それと『片思い世界』は、撮影期間中に大きな事故を経験したことが大きく影響しています。千葉県・犬吠埼でのロケーション撮影を終えたあと、メインスタッフが翌日から開始されるスタジオ撮影にそなえて、セット見分のために大泉の東映撮影所に向かう移動中に交通事故に遭った。過失は100パーセント相手車であるもらい事故だったのですが、土井監督、撮影の鎌苅洋一さんが生命の危険に晒されるほどの重傷を負いました。改めて映画というものは本当に簡単にはできないのだ、と思い知りましたね。年々映画を作ることが怖くなっている。簡単には作れない、いや、簡単に作ってはいけないんだと。

――公開延期も含め大幅な計画変更を余儀なくされました。豪華なメインキャストであるがゆえにかえってリスケが難しかったと思いますが、完成に持っていったのは奇跡のように思えます。

孫:ええ。監督自身が生死の境をさまよって、その少しあとに監督とも話したんだけど、結局『片思い世界』の3人の主人公たちが突然わけのわからないまま命を失うということ、それが作り手である自分たちの身にもリアルに感じる出来事が起きてしまった。そのことのリアルをきちんと、彼女たちの日々の気分も大事にしながら作っていかなきゃダメだねということを話し合いました。

『片思い世界』メイキング写真

――事故に遭った時、スタジオ撮影はまだ始まっていなかったそうですね。

孫:再開後に美咲・優花・さくらの3人の芝居場が本格的に始まりました。終幕の合唱コンサートのシーンも。それまでなんとなくふわふわとした気持ちだったのが、いっきに吹っ切れましたね。俳優陣の芝居も明らかに変わっていました。あの変化の具合は、今でもなんとも言いようのないものですよ。ビジコンを覗きこむだけで、なんかものすごい魂の宿りを感じたほどです。だから、ネタバレを気にしない上映後のアフタートークが素晴らしいんです。キャストも監督も淡々と語るんですけど、死が忍び寄る感覚というのは主人公3人だけの問題ではないんだ、それを自分はわかった、と監督が普通のテンションで話すのを聞いていると、不思議と気持ちが高揚して、とても大事なことが含まれているなとも実感してます。伝達するということが欠落すると、人間はいかに悲しい生物になってしまうかということがちゃんと描かれた映画になっている――僕はそう確信しています。

――『花束みたいな恋をした』そして『片思い世界』――先ほど孫さんは「1人の作家と3本はやるというのを責務のように感じている」とおっしゃっていました。では、坂元裕二、土井裕泰、孫家邦でもう1本、私たち観客は新たな作品の誕生を期待することできるわけですね。

孫:坂元裕二、土井裕泰でもう1本やってみたい――このことは記事に書いていただいても結構です。今回の『片思い世界』ではあまり知らない、ずいぶんと遠いところまで来てしまったなぁという感じがしてしょうがないんですよ。この途方もない遠征感覚はいったい何なのだろうか、自分でもまだ具体的にこの遠征の意味や内実を理解できていません。それが見えてくるためには、とにかくもう1本やってみなければならない。いまはそう考えています。

(後編に続く)

■公開情報
『片思い世界』
全国公開中
出演:広瀬すず、杉咲花、清原果耶、横浜流星、小野花梨、伊島空、moonriders、田口トモロヲ、西田尚美
脚本:坂元裕二
監督:土井裕泰
配給:東京テアトル、リトルモア
©︎2025『片思い世界』製作委員会
公式サイト:kataomoisekai.jp
公式X(旧Twitter):@kataomoi_sekai

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる