『ミッキー17』映画化は成功したのか? ポン・ジュノらしさと2つの問題点

『ミッキー17』映画化は成功したのか

 まず、悪役が過度に戯画化されている点。『オクジャ』(2017年)の資本家など、これまでもポン・ジュノ映画の悪役は戯画化されていることがあったけれど、マーシャル夫妻の戯画化は、もはや極限近くまで押しすすめられている。マーク・ラファロとトニ・コレットが楽しそうにのびのび演じているのはいいのだが、あまりに滑稽さが過ぎるせいで、「どうせたいして怖い展開にはならないだろう」と思わせてしまうのは、スリルを高めるという意味ではマイナスだ(※4)。

 第二の、そしてもっと大きいかもしれない原因は、ミッキー17に現状を変える意思がないことだ。階級差を列車の車両に置き換えた『スノーピアサー』(2013年)は、列車内の最初のシーンからすでに反乱の予兆がみなぎっていた。『オクジャ』でも、あるいは階級的下剋上の物語ではないが『グエムル —漢江の怪物—』(2006年)でも、主人公たちは開巻間もなく強大な敵と戦わざるをえない状況におちいる。『パラサイト』で半地下に住む家族も、上流階級を利用し、裏をかくというかたちで階級制度にあらがう。観客は、これらの登場人物たちが戦うのを当然のこととして受け止め、抵抗する彼らの視点で映画を体験していく。

 ところがミッキー17は、すべてをあきらめ、「これは決まっていることだから」というかのように、現状を疑うことなく受け入れている。エクスペンダブルになることは自分で選んだことなのだし、悪友にそそのかされて借金を負ったのも自分の責任だから、不満は言えないと彼は思っている。何よりも彼は、自分の過酷な状況を、母を死に追いやったことへの罰だと思いこんでいる。過去のポン・ジュノ作品に登場していた、反逆者たちの姿から彼はあまりに遠い。

 だが、ここでわたしたちは思い出さねばならない——過去のポン・ジュノ作品では、プロット中盤、または終盤の大きなツイストとして、「底辺だと思っていた場所は、まだ底辺ではなかった」という事実が暴露される瞬間があったことを。『スノーピアサー』のクライマックス、床板をめくったヨナとカーティスは、最下層に押しこめられている人物をそこに発見する。さらに、ふたりが彼を救い出そうとすると、「そうすることが決まりだから」とでもいうかのように、別の人物が代わりにそこに入っていってしまう。『パラサイト』では、半地下よりもさらに下、誰も存在を知らなかった地下室が突如出現する。そこに住む人物は、地上に戻る機会も手段も、もはや見失ってしまっている。

 ここから言えることは、ポン・ジュノ的世界において、ほんとうの底辺に位置する人間、ほんとうに世界のすべてから蹂躙されてしまった人間は、這い上がる力も抵抗の意思も奪われてしまうということだ。そしてこれは悲しいことに、現実世界においてもかなりの部分真実である。

 これを踏まえて『ミッキー17』に立ち戻ると、ミッキー18がいかに偉大な存在であったかが、いっそうはっきりとわかってくる。17号とはあまりに性格が違いすぎる彼は、まったくもってプリントミスの産物としか思えないのだが、この異端児が生まれなければ、すべては変わらないままだったのであり、惑星ニフルヘイムは、あの滑稽極まりないケネス・マーシャルの独裁帝国になってしまっていただろう。

 われわれの日常に近い存在としてミッキーを設定した、とポン・ジュノが言うとき、そこに暗示されているのは、反乱の指導者や革命家、英雄的人物は、わたしたちから遠い存在であるということだ。しかし、ミッキー17とミッキー18を外見的に区別する指標は、ミッキー18の口元に覗く八重歯だけだ。この物語は「無力な人間が、意図せずしてヒーローになってしまう話」だとポン・ジュノは言う。八重歯のようなほんのささいなプリントミスさえあれば、世界は変わるのかもしれないというところだろうか。


※1. 筆者にポン・ジュノ自身が語った言葉を引くと、「そもそもわたしの映画に登場する男たちというのが、頼りないというか、無能なキャラクターが多い(笑)。いっぽうで女性たちは現実的でしっかりしています」。https://www.gqjapan.jp/culture/article/20190108-parasite
※2. https://pocculture.com/interview-mickey-17-director-bong-joon-ho/
※3. このことを再度『ミッキー17』という映画に折り返して重ねてみると、事態はさらに厄介になる。極言してしまえばこの姿勢は、クリーパーの群れのなかにミッキー17と18を放り出し、ふたりがどうするのかをのんびりと船内から見ている、マーシャル夫妻の姿勢とさほど変わりがないのだ。
※4. ちなみに、ポン・ジュノ自身はケネス・マーシャルのキャラクターを「歴史上のさまざまな独裁者を組み合わせて作ったのであって、現在活動中の政治家をモデルにしたわけではない」と、ベルリン国際映画祭の記者会見で語っているが(https://www.screendaily.com/news/bong-joon-ho-robert-pattinson-reveal-how-bad-politicians-and-steve-buscemi-inspired-mickey-17/5202051.article)、いまとなっては、現職の米国大統領を連想せずにいるのは難しい。すると、有色人種の女性が新たなリーダーになるというこの映画の結末もまた、製作時にはまったく意図していなかったことだろうけれど、まるで「いまごろこうなっていたかもしれない米国」を描いているようにも見えてくる。

■公開情報
『ミッキー17』
全国公開中
出演:ロバート・パティンソン、ナオミ・アッキー、スティーヴン・ユァン、トニ・コレット、マーク・ラファロ
監督・脚本:ポン・ジュノ
配給:ワーナー・ブラザース映画
2025年/アメリカ/G
©2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.
IMAX® is a registered trademark of IMAX Corporation.
Dolby Cinema is a registered trademark of Dolby Laboratories
公式サイト:mickey17.jp

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