村上春樹の短編をなぜ連続ドラマに? 『地震のあとで』に井上剛監督が込めた“日本の30年”

『地震のあとで』監督インタビュー【前編】

橋本愛&のんなら託すことができる

――第1話は阪神・淡路大震災の被害映像をテレビで橋本愛さんが観ている場面から入ります。トンネルの映像も繰り返し登場するため『あまちゃん』を思い出しました。

井上:取材会見でも言われて自分の中にそういう気持ちがあったのかと気づいたのですが、今回は橋本さんとのんさんに難しいことをお願いしたと思います。会見で岡田将生さんが話していたのですが、橋本さんが一人でじっと震災のニュースを流し続けるテレビを見る芝居はブラウン管の映像を観ているというよりはその向こう側を観ている感じがありました。辛い映像なのでこれを見せても大丈夫だと思える人と見せてはいけない人がいると思うのですが、橋本さんならお願いできると思ったんです。あの映像を観て踏みとどまってちゃんとその先のお芝居ができる人かどうかというのはすごく考えて、橋本さんに託しました。

――難解な作品なので、まず内容を読み解くことが大変だったと思うのですが、作品の解釈については井上さんの中では事前に出来上がっていたのでしょうか?

井上:映像化するにあたって、みんなで考えていったという感じですね。スタッフの中には“ハルキスト”もいるのですが(笑)、彼らの多少偏った意見も聞いたりして「なるほど」と。他に参考にしたのは1997年に神戸の街を村上春樹さんが歩いた時のことを書かれたエッセイ「神戸まで歩く」(『辺境・近堺』(新潮文庫)収録)です。このエッセイが小説の元になっているのですが、どういう気持ちで書かれたのかを想像して物語の中に落とし込んでいきました。

――第1話で唐田えりかさんと北香那さんが演じた女性の喋り方が、村上春樹さんの小説の世界からそのまま出てきたみたいな異物感があって面白かったです。

井上:おそらく原作を読まれている方はそう理解すると思うのですが、あの芝居のきっかけとなったのは、岡田さんと橋本さんのリハーサルで掴んだ気がします。橋本さんが台詞を喋らない中、岡田さんが一方的に喋る場面です。台本通りにやってもらってそれはそれで面白かったのですが、同じ芝居をもう一度、試しに岡田さんに「喋らないで演じてみて」と言ったら、その芝居が本当に面白かったんです。心の声が見えたというか、ふたりの気持ちがすごくくっきりと見えて。喋らないことで逆に小説の声が聞こえてきたんですよ。

――喋らないほうが小説の世界に近くなるんですね。

井上:その後、岡田さんと唐田さんのやりとりでも同じことをやってもらったんです。役者さんだから当然台詞は身体に入っているんですけど「声に出さないで演じてみて」とお願いした時の芝居がものすごくリアルで、そこで初めて小説の言葉がありありと見えてきたんです。北香那さんにも、リハーサルでは言葉を喋らずに演じてもらった後で、喋ってみてくださいと言ってカメラを回すとああいう不思議な喋り方になったんですよ。

――では、当初からイメージしていた芝居ではなかったんですね。

井上:不思議なアプローチをやっていたので、俳優部も何をやっていたのかわからなかったと思います。でもわからないから嫌という状態ではなくて、「このわからなさは何だろう?」「この感情をどうやって伝えたらいいのだろう?」というふうに向き合うアプローチだったと思うんです。ですので、いろんなことを試した結果出てきた「わからなさ」をほんとにみなさん、それぞれのキャラクターに投影してくれたと思います。

――第2話の焚き火のシーンも凄かったです。闇夜の中で火が燃えている映像が続いて。

井上:それだけですからね。ライティングもあまりせず、延々2人のやりとりを長回しで撮ってるんですけど、あれはチャレンジでした。あのシーンは台本で20ページくらいあるんですが、その間ふたりのあいだにある焚き火の存在がどうあったらいいかと考えたとき、なんと焚き火台本というのを優秀な助監督陣がつくりまして。時間経過と共に、うまいこと燃え尽きないように、あるいは揺らぐようにと、焚き火専用の台本があるんです!

――火の演出もおこなってるんですね。

井上:時間ごとに、芝居の変化によって火はこういうふうになっているという演出をやってるんです。焚き火に使う流木探しにも美術スタッフ・助監督が何日も時間をかけていて。何回も撮るので、ものすごい数の流木が必要になるんですよね。すぐ燃えちゃうので、すごい数の流木を集めてもらってきたんですよね。その準備も含めて大変な作業ではありました。

【後編に続く】

■放送情報
土曜ドラマ『地震のあとで』
NHK総合にて、4月5日(土)スタート 毎週土曜22:00~22:45〈全4話〉
出演:岡田将生、鳴海唯、渡辺大知、佐藤浩市、橋本愛、唐田えりか、北香那、吹越満、泉澤祐希、黒崎煌代、渋川清彦、黒川想矢、木竜麻生、津田寛治ほか
制作統括:訓覇圭、樋口俊一、京田光広
原作:村上春樹 『神の子どもたちはみな踊る』より
脚本:大江崇允
音楽:大友良英
演出:井上剛
写真提供=NHK

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