『アオのハコ』雛は愛すべき負けヒロイン 大喜が直面する成熟と幼なじみとの“距離感”

『アオのハコ』雛は愛すべき“負けヒロイン”

『アオのハコ』雛は愛すべき負けヒロイン

 しかし筆者には、この物語の中における雛の奇妙な遊離感こそが、雛の問題を浮き彫りしているように思われる。すなわち大喜が遠くの目標へ常に目を向け続ける存在として描かれているために、雛の距離の近さは多くのことを隠してしまい、やがて彼女を失恋へと至らせてしまうのだ。

 例えばそれは、第9話から第11話にかけての夏祭り直前の物語の展開に暗示されていると筆者は考えている。インターハイの県予選で敗退したあと風邪を引いた大喜は、千夏に看病されるなかで「遠くの目標を持つことを怖がらないでほしい」と励まされる一方で、不注意から身体的な距離を近づけてしまったことで千夏から線を引かれる。このとき大喜は、「遠くの目標見ていいって言っておいて、自分はそこで距離を置くんだ」とモノローグで語るように、「(遠くの)目標」という言葉のうちに部活における目標(=インターハイ出場)と千夏との恋愛の成就を重ね合わせている。

 こうして大喜の視線を遠くに向けさせた直後に、雛と夏祭りをめぐる一連の物語を開始することによって、大喜がいかに雛のことを見落としてしまっているかが一層鮮明に映るだろう。彼は雛からの花火大会の誘いを複数人で行くものと勘違いし、またその先にある雛の好意にも言われるまで気づくことができない。それは間違いなく、雛と大喜の距離が近いがゆえに起こるすれ違いだ。

 また大喜は、本来は抱いてもおかしくはない「憧れ」という感情が、雛に対してはそこまで大きくはない。そもそも、雛は一年生にしてインターハイで3位に入ってしまうような実力を持っているのであり、大喜はそのことに、千夏に憧れているように、心理的な距離を感じてもおかしくはない。しかし、実際はそうならなかった。このこともやはり、それほどの実力を気にしなくなってしまうほどに、大喜と距離が近いことが原因ではなかっただろうか。

 同時にそれは、雛の物語に対する「入り込めなさ」も説明しうる。冒頭で見たように大喜の原動力となっているのは、(部活にしろ恋愛にしろ)対象との距離の「遠さ」を実感することだった。このどちらの方向においても幼なじみ的な「近さ」によって「遠さ」を持たないものとして描かれる雛という存在は、必然的に「遠さ」が主題となって展開してゆくストーリーのなかでは浮いた存在になってしまう。そしてそれは、大喜のなかで特権的な存在になれると同時に元来持っていたはずの「遠さ」をかき消してしまい、雛本人の魅力を見落とす要因にもなってしまったのではないだろうか。

 「幼なじみ」的ポジションのヒロインは、しばしば距離が近すぎるゆえに恋愛対象として主人公に認識されないか、あるいはされるタイミングがずれてしまったがゆえに失恋してゆく(そもそも、自分の想い人の恋路を安易に応援するべきではない......)。しかし十把一絡げに「負けヒロイン」といっても、同じように幼なじみポジションにいたとしても、その内実はそれぞれ異なっている。『アオのハコ』において、雛は確かに「負けヒロイン」だ。けれど、単に「幼なじみだから」という理由で失恋したわけでは決してない。彼女は本作の主題である「距離」の問題に絡め取られてしまった、血の通った一人の「負けヒロイン」なのだ。

■放送情報
TVアニメ『アオのハコ』
TBS系にて、毎週木曜23:56〜放送
Netflixにて先行配信
各配信サイトにてTV放送終了後に順次配信
キャスト:千葉翔也(猪股大喜役)、上田麗奈(鹿野千夏役)、鬼頭明里(蝶野雛役)、小林千晃(笠原匡役)、内田雄馬(針生健吾役)ほか
原作:三浦糀(集英社『週刊少年ジャンプ』連載)
監督:矢野雄一郎
キャラクターデザイン・総作画監督:谷野美穂
シリーズ構成・脚本:柿原優子
色彩設計:今野成美
美術監督:藤井王之王
撮影監督:川下裕樹
編集:笠原義宏
音響監督:明田川仁
音楽:大間々昂
クリエイティブアドバイザー:モギ シンゴ
企画プロデュース:UNLIMITED PRODUCE by TMS
アニメーション制作:テレコム・アニメーションフィルム
オープニングテーマ:Official髭男dism「Same Blue」(IRORI Records / PONY CANYON)
エンディングテーマ:Eve「ティーンエイジブルー」(TOY'S FACTORY)
『アオのハコ』©三浦糀/集英社・「アオのハコ」製作委員会
公式サイト:https://aonohako-anime.com/
公式X(旧Twitter):@aonohako_PR
アニメ公式TikTok :@aonohako_PR

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