『おむすび』が真正面からコロナ禍を“再現”した意義 何よりも大切にしたい心のつながり

結は2世帯同居ではないながら、神戸の実家と密に関わってきた。なにしろ翔也(佐野勇斗)が聖人の跡継ぎとして理容師修業をしているほどだ。高度成長期に増えた核家族でもなく、それ以前の大家族でもなく2世帯同居でもない、スープは冷めるかもしれないが、大阪と神戸、ゆるやかな家族関係は『おむすび』ならではのもののように感じる。ところが、コロナ禍は、この付かず離れずの程よい関わりを絶ってしまう。

コロナでは感染対策で人と触れ合うことができなく、ドラマでは触れていないが、県をまたぐことは避けるように言われていた。愛子(麻生久美子)は、ひとりで暮らしている佳代(宮崎美子)を案じて糸島へ行き、結は聖人がひとりになるのが心配なので、翔也、花と3人神戸でしばらく過ごすことにしたものの、医療従事者だから、感染の危険が高いし、逆に、家族が感染したら濃厚接触者になって、仕事ができなくなってしまう。そんな心配から、おむすびもラップで握るようになり、ついにはひとりだけ大阪で生活するようになる。当たり前に触れ合っていたのに、距離をとらなくてはならなくなって、奇妙な日々が長く続いた。第113話で、聖人と若林(新納慎也)が、聖人がちょっと寄ると若林がすっと距離をとるという動きをなめらかに演じていて、舞台俳優の空間把握力に感心した。
また、第114話では、翔也が聖人の作ったチャーハンを大阪に届けるが、ドアを開けずに語り合い、チャーハンはドアに引っ掛けて帰るという、もどかしい場面に心震える視聴者もいた。ふいに断ち切られそうになった家族や隣人との関係を、なんとか細い糸の端と端を持ってつながり続けるように、結たちは踏ん張った。第115話のラスト、結と花の抱擁には心がほぐれた。

コロナ禍にあったことを(おそらく丁寧な取材のもと)再現する意義とはそのことそのものではなく、人と人とがビニールやアクリル板やマスクで隔てられ、心まで殺伐として分断しそうになるとき、心のつながりをなんとしてでも断ち切らないことである。分断したら、正体のわからない、世界に黒雲のように存在する悪意のようなものの思うつぼである。生きていくうえで気になることがあったとしても、それに気づくことのできる知性を、あるいは気づいても口に出さない優しさを、それぞれが持っていることをお互いに称え合いたい。
■放送情報
連続テレビ小説『おむすび』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:橋本環奈、佐野勇斗、仲里依紗、北村有起哉、麻生久美子ほか
語り:リリー・フランキー
主題歌:B'z「イルミネーション」
脚本:根本ノンジ
制作統括:宇佐川隆史、真鍋斎
プロデューサー:管原浩
写真提供=NHK