蓮佛美沙子の“神々しさ”と“痛み”に惹き込まれる 『バニラな毎日』が描く心との向き合い方

『バニラな毎日』が描く心との向き合い方

「自分の心の声だけは、聞き逃さないであげてね」

 現在放送中の夜ドラ『バニラな毎日』(NHK総合)は、ある意味で恐ろしい。画面から漂ってくる甘い匂いに誘われて、夜中なのにお菓子が食べたくなる。……のもあるが、ほんわかした雰囲気に油断していると、突如として露わになる登場人物たちの深い傷。自分の心の中まで暴かれたようで焦り、戸惑い、呼吸が荒くなる。けれど、不思議とショック療法のように、その先で癒しに出会うのだ。

 主人公の白井葵(蓮佛美沙子)は洋菓子作りに心血を注いできたパティシエ。修行を積み、大阪で夢だったこだわりの洋菓子店をオープンするが、経営難により5年で店を閉じることになってしまう。

 そこに現れるのが、常連客だった佐渡谷真奈美(永作博美)だ。料理研究家の彼女は閉店した洋菓子店の厨房で、たった一人のためのお菓子教室を開くと言い出し、白井もなんだかんだで巻き込まれていく。

 あとで明らかになるが、お菓子教室にやってくる生徒たちはカウンセラーをしている佐渡谷の姪・明日香(大橋梓)のクライアントでもあった。第1週では、外資系コンサルタントの順子(土居志央梨)がフルーツタルトを作りにくる。だが、結果に満足がいかず、順子は怒って帰ってしまうのだ。

 NHK連続テレビ小説『虎に翼』で、ヒロイン・寅子(伊藤沙莉)が通う明律大学の同級生で弁護士の山田よねを好演した土居。よねの男装がそうであったように、順子のパンツスーツは心の鎧でもある。それをビシッと着こなした姿は完全無欠のキャリアウーマンに見えるけれど、本当の彼女は不器用で、周りに追いつくため人一倍努力してきた。それでも浴びせられる心無い言葉を、そのまま佐渡谷と白井にぶつけてしまった時、彼女は自分がどれだけ追い詰められているかに気づくのである。

 お菓子作りは正確さとスピードが求められる作業だ。少しでも分量や手順を間違えると味が大きく変わってくる上に、刻一刻と状態が変わってしまう食材を扱っているため、時間との勝負でもある。「ま、いっか」と雑に作ったら大味になるし、心に余裕がない時はイライラして失敗したり、その過程や完成品に作り手の性格や心の状態が表れやすい。

 そんなお菓子作りを通じて、生徒たちは自分を客観視し、心の声と向き合いながら、作りたかったものをどうにか完成させることで一つの達成感を得る。その光景を見ていると、精神科の作業療法みたいだなと感じる。だから、明日香は自分の患者たちに佐渡谷のお菓子教室を紹介しているのだろう。

 しかし、佐渡谷も白井も心理のプロではない。そこがある種、危険なところで、プロですらクライアントの感情に引きずられてしまうことがあるのに、ましてや彼女たちは素人。特に白井は自分自身も切羽詰まった状況にあり、生徒たちとの間でハレーションを起こしてしまう。

 印象的だったのは、夢破れて借金だけが残った自分と、休職中にもかかわらず、給料が出る順子を比べ、「順子さん、甘いですよ」と佐渡谷に零すシーン。自分と他者の状況が置かれた状況を比較して、自分の方が大変だと他者の苦しみを軽んじたり、自分の方がマシだと安心したりすることに意味などない。そんなことはきっと、白井もわかっているが、そうせざる得ないほど、心に余裕がないことを知る。

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