『最強の軍師』になぜ“沼”ってしまうのか 『劇場版 忍たま乱太郎』ヒットの要因を紐解く

何回も観ることで深掘りできるキャラクター描写やディテール
筆者も『最強の軍師』を5回リピートしたが、何度観ても面白く楽しめるところに本作のただならなさを感じる。観れば観るほど作品のディテールに気づくことができ、「それってつまり……」と考えさせられるところが“沼”を思わせるのだ。

例えば、土井が行方不明になった原因を生み出した諸泉尊奈門の責任をとるため、空きの出た1年は組の臨時担任になった雑渡昆奈門。彼はタソガレドキ忍軍の組頭であり、劇中屈指の最強キャラだ。そんな彼が1年は組のよい子たちに手裏剣の投げ方を教える時、おそらく利き手と思われる右手を使う。しかし、その後天鬼の暗殺へ向かうところを山田利吉と桜木清右衛門、若王寺勘兵衛に足止めされる際には利き手を封じ、左手と足のみを使って応戦するのだ。利吉も「手加減をされた」と話し、そういった点に雑渡の実力の高さが窺える。

それに対して天鬼は6年生と対峙した際、彼らが忍術学園の生徒だと分かるまでは左手で、分かったあとは右手で戦っている。つまり右手(利き手)での戦闘は“殺し”を意味するのだ。だから雑渡も最後、天鬼を狙った際に毒を塗った手裏剣を右手に持っていた。このような右手、左手の使い分けなど映画を何度か観て気づく細かい演出が本作はとにかく多い。

そして何回か観ることでキャラクターの思惑への理解が深まり、同時に人間性を深掘りできることも魅力の一つ。先述の雑渡は土井が天鬼のまま戻らないことを悟って“ドクタケ忍者の軍師”としての彼を抹殺対象にする。これは「天鬼によって勢力が増したドクタケがタソガレドキにとっての脅威にならないように手を打ったから」と考えられるが、そこには忍術学園の生徒に助けられた過去を持ち、本作では先生になるなど良好な関係を築いていた雑渡だからこその“優しさ”を感じるのだ。つまり彼は天鬼の手で生徒たちが傷つかないように、そして記憶が戻った土井に“自らの手で生徒を傷つけた”という事実を与えないように両者を守ろうとしたのだ。実際、八方斎は天鬼の記憶が戻っても生徒を殺めさせることで後戻りできなくなるように企てていた。雑渡がクライマックスのあの場面で手裏剣を右手に持っていた意味、そして利吉に言った「恨むなら私だけを」というセリフの重みが増す。

一方、利吉はそういった状況全てを分かった上で手裏剣を持つ雑渡の手を掴んだ。それは、今まさに斬られようとしている「乱・きり・しん」の命よりも天鬼(土井)を優先したことを意味している。こういったシーンの中の繊細なやり取りやディテールでキャラクターの解像度が深まる点が本作の魅力であり、脚本と演出の精度の高さを感じさせられるのだ。
本当に『忍たま』を愛するスタッフが作った作品として
ヒットの要因は、キャラクターの人気(それを加速させる作品内の詳細な書き込み)、そして何度観ても深掘りすることができる演出や物語の深さにあると記述してきたが、結局のところ一番大きい理由は「本当に作品を愛するスタッフによって作られたこと」だろう。当たり前のように聞こえて実は難しく、これが容易いことなら劇場版アニメにかかわらず様々なアダプテーション作品の多くが成功し、絶賛の嵐を受けているはずだから。

監督の藤森雅也は『最強の軍師』において、原作にはない1年生の活躍を盛り込んだ。それにより「子供の活躍や成長、可能性を信じる」という『忍たま』シリーズの持つ重要な要素が与えられ、アニメの地続きになる劇場版が誕生した。彼は前作『劇場版アニメ 忍たま乱太郎 忍術学園全員出動!の段』でも、膨大なキャラクターのそれぞれに見せ場を作ったり、特徴や彼らの持ち味を最大限に活かしたりすることに成功しており、その手腕を発揮した。『最強の軍師』にも監督のこだわりがカット割の多い演出から物語の構成、キャラクターデザインにまで多岐にわたって映されている。
また、このタイミングでアニメ放送では人気キャラクターにまつわる過去のエピソードを再放送するなど、新規ファンを逃さない取り組みがされている。こういった映画制作側だけでなく、作品に関わる全体のスタッフがファンのニーズにちゃんと応えることは、先に述べたことと重なるが、簡単なことではない。

『忍たま』がなぜ老若男女に愛され続けてきたのか。本作を観ればその理由がわかる。そういう映画作りに成功した。そして、さらに作品の世界を探求したくなるような仕掛けを施した。ロングランヒットになった要因は、これだけで十分である。
■公開情報
『劇場版 忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師』
全国公開中
出演:高山みなみ、田中真弓、一龍斎貞友、関俊彦
原作:『落第忍者乱太郎』尼子騒兵衛(朝日新聞出版刊)、テレビアニメシリーズ『忍たま乱太郎』、『小説 落第忍者乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』(原作・イラスト:尼子騒兵衛/小説:阪口和久/朝日新聞出版刊)
監督:藤森雅也
脚本:阪口和久
キャラクターデザイン:新山恵美子
アニメーション制作:亜細亜堂
配給:松竹
製作:劇場版忍たま乱太郎製作委員会
©尼子騒兵衛/劇場版忍たま乱太郎製作委員会
公式サイト:https://sh-anime.shochiku.co.jp/nintama-movie/
公式X(旧Twitter):@nintama_eiga





















