『べらぼう』横浜流星は“覚悟”を体現できる 蔦重が身を持って知った“世の中そんなもん”
鱗形屋が当時の国語辞書とも言える『節用集』の海賊版を発行していた。蔦重はそれに気づいたものの、自らその罪を告発することができずにいた。鱗形屋が先の大火で大きな損失を出していたことを知っていたからだ。彼には養わなければならない家族もいて、何人もの部下も抱えている。彼らのことを思うと、胸が痛んだからだ。そして、鱗形屋は「鬼平」こと長谷川平蔵(中村隼人)に捕縛されてしまう。
蔦重は、運を天に任せているつもりだった。それは、見逃しているようにも見えたが、実は「助けない」という決断でもあった。なぜなら「心のどこかで望んでいたから。こいつがいなきゃ、取って代われるって」。自分の手を汚さずとも、ことがうまく運んだ。しかし、その結果に、どこか居心地の悪い気持ちでいる蔦重に「世の中そんなもんだ」と言葉をかけるのが、以前蔦重から花の井を通じて50両をうまいこと取られた鬼平だというのも、また面白い図だ。
そして、持っていた粟餅を蔦重に渡して、こう言うのだ。「せいぜいありがたくいただいておけ。それが粟餅を落としたヤツへの手向けってもんだぜ」と。この粟餅は、鱗形屋が出版した黄表紙本『金々先生栄花夢』で登場しているアイテム。田舎育ちの青年が江戸の粟餅屋でうたた寝をして、栄華を極めた後に放蕩し勘当されてしまう一生を夢に見る。そして、粟餅の杵の音で驚いて目を覚まし、権力や富貴をきわめることの虚しさに気づき国に帰るというストーリーだ。
「盛者必衰」「栄枯盛衰」いつの世も、ずっと続く栄華なのない。自分が手に入れたポジションは、かつて誰かが座っていた場所であるし、それはいつか誰かに受け渡すことになるもの。しかし、その渦中にいるとなかなかその事実に目を向けることができなくなる。鱗形屋もずっとその立場を維持できると夢に見たのかもしれない。そして、蔦重もそんな鱗形屋を引きずり下ろすようなことはしたくなかった。でも、「世の中そんなもん」なのだ。
それが国を動かす立場になっても同じ。10代将軍・家治(眞島秀和)から信頼を得ている意次が、その息子である家基(奥智哉)に将軍の座が移ったときに、同じポジションでいられるという保証はない。だから、それぞれ「うまいことやろう」と画策するのだ。うまくいったからといって清々しい気持ちにはならない場合もある。しかし、その去った者にしてあげられることといえば、こいつになら取って代わられても仕方なかったと思わせる何かを成し遂げることなのかもしれない。蔦重が「ありがたくいただきます」とムシャムシャ頬張った粟餅は、その覚悟の表れ。ここから、蔦重の版元としての新たな歩みが始まる。
■放送情報
大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』
総合:毎週日曜20:00〜放送/翌週土曜13:05〜再放送
BS:毎週日曜18:00〜放送
BSP4K:毎週日曜12:15〜放送/毎週日曜18:00〜再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK