『Brother ブラザー 富都のふたり』ジン・オング監督が語るマレーシア映画界の実情と可能性

『Brother ブラザー 富都のふたり』はひとつの可能性を切り拓いた
ーー今回の『Brother ブラザー 富都のふたり』では、マレーシア・クアラルンプールのスラム地区プドゥで、身分証明書すら与えられず、人間としての基本的な権利を奪われて生きてきた兄弟の過酷な運命が描かれます。初監督作でこのテーマを選んだ理由を教えてください。
オング:私は決してマレーシアにおける深刻な問題を告発的に描きたかったわけではありません。深刻な問題やプレッシャーに日々立ち向かっている中で、コミュニティとして彼らがどう団結し、共に困難を乗り越えようとしているのか、その原動力に迫りたかったんです。また、彼らのような困難な状況とは異なりますが、私自身もマレーシア人として台湾で出稼ぎ労働者として働いていた経験があったので、そういった自身の過去もこのテーマで映画を撮ることに決めた理由に繋がっていると思います。
ーーマレーシア国内においては政府当局による映画の検閲が厳しくなっていると聞きます。
オング:セックスシーンはもちろん、キスシーンですら使える秒数が決まっています。また、同性愛の描写やイスラム教に批判的な内容があれば、カットや上映禁止の対象になります。
ーーこの作品にもセックスシーンなどの描写はありましたよね。
オング:そうなんです。実は、日本で公開されるバージョンとマレーシア本国バージョンでは編集が異なります。私自身、長い間マレーシアの映画業界で働いているので、何がダメで何がOKなのかをある程度把握しています。なので、自発的に編集して提出しました。それでも審査で2箇所引っかかり、あるシーンを秒数を短くしたのと、あるシーンをカットして対応しました。それでもトータルで異なるのは1分程度です。
ーーそういったシステムについては監督自身、どうお考えですか?
オング:マレーシアはムスリム社会なので、ある程度の検閲は仕方ないと思っています。何がダメで何がOKなのか、ガイドラインは明確にあるわけなので。最終的には個人の選択になるかなと思います。ただ、当局の検閲もダブルスタンダードなところがあって、マレーシアに入ってくるハリウッド映画などは、その限りではないんです。国産映画に関しては制限がたくさんありますが、外国の映画の場合はそうではない。そこに関しては若干違和感を覚えますね。
ーー本作はマレーシアでも大ヒットを記録したそうですね。
オング:そうなんです。100万人を動員する大ヒットを記録したのですが、このような成績を残せるなんて夢にも思いませんでした。多民族国家のマレーシアでは、ハリウッド映画や香港映画のほか、国民の約70%を占めるマレー系の映画がメインストリームなんです。そもそも本作のような中華系の映画の割合は少ないので、本作が大ヒットを記録したということもそうですし、アカデミー賞国際長編映画賞のマレーシア代表に選ばれたことも驚きでした。ひとつの可能性を切り拓いたと思います。
ーー台湾の人気俳優ウー・カンレンが出演しているというのも大きかったのでしょうか?
オング:それは間違いないですね。ただウー・カンレンに関しては、私が声をかけたのではなく、彼のほうからこの作品に出たいとアプローチしてくれたんです。なのですが、私は最初、こんな新人監督の作品に大スターの彼が出てくれるわけがないと思って、メールをもらってから1カ月くらい放置していました(笑)。1カ月後くらいにようやく返事をしたら、彼本人から電話をいただいて、実際に出ていただくことになりました。
ーーそのような背景があったとは驚きです。最後になりますが、プロデューサーとしてもこれまで社会的なイシューを扱ってきた監督は、今後どういう作品を作っていきたいですか?
オング:映画を介して、マレーシアならではの物語を作っていきたいです。映画では決して社会的な問題を解決することはできませんが、観客の関心を高めることは可能です。今回の映画で言えば、身分や貧困の問題、IDの問題などですね。これらはもちろんマレーシア国内の問題ではあるのですが、世界各地で起こっている問題でもあります。まもなく公開を迎える日本もそうですし、世界中でこの映画が観られることによって、より良い社会になっていくことを願っています。また、『Brothe ブラザー 富都のふたり』でも描いたように、人と人との交流、人にまつわる話を今後も撮っていきたいです。
■公開情報
『Brother ブラザー 富都(プドゥ)のふたり』
1月31日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋、テアトル梅田ほか全国公開
出演:ウー・カンレン、ジャック・タン、タン・キムワン、セレーン・リム
監督・脚本 : ジン・オング
プロデューサー : アンジェリカ・リー、アレックス・C・ロー
撮影 : カルティク・ヴィジャイ
編集 : スー・ムンタイ
音楽 : 片山凉太、ウェン・フン
主題歌:「一路以来」片山凉太
挿入歌:「千言萬語」(歌唱:ユン・メイシン、編曲:片山凉太/ウェン・フン)
配給:リアリーライクフィルムズ
2023年/マレーシア・台湾/手話・マレー語・中国語・広東語・英語/115分/原題:富都青年/英題:Abang Adik/2.35:1/5.1ch/DCP&Blu-ray
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公式サイト:https://www.reallylikefilms.com/brother-pudu