ベン・スティラーのギャグセンスが光る 『セヴェランス』には身近なディテールが満載

『セヴェランス』には身近なディテールが満載

 会社、好きですか?

 連日の満員電車、過度な要求を強いてくるクライアント、反りの合わない上司、打ち解けられない同僚……帰宅する頃にはヘトヘトで、気分転換に見始めたテレビドラマは1時間ともたずに寝落ち。翌朝、起きてみれば頭の中は1日の仕事のタスクで頭がいっぱい。家を出るのも憂鬱で仕方ない。

 そんなあなたはルーモン社への転職を考えてみてはどうだろう? 従業員の“ワークライフバランス”を重視する大企業だ。私生活と会社で人格を分離(=Severance)する機密保持契約を結び、ちょっとしたインプラント手術を施せば、毎日9時の出社とともに仕事人間へと切り替わり、18時の退社でいつもの自分に戻ることができる。それぞれ記憶も分離するから、プライベートを職場に持ち込むことも、仕事を家庭に持ち帰えることもなくなる。同僚は社内だけの関係なので、退勤後は存在すら認知できない。もし会社を辞めたくなったら私生活の自分に宛てて退職届を書けばいい。自分が仕事を辞めてもいいと思えば、退職できる。会社人格はもちろん抹消。すなわち働く自分の“死”だ。

 主人公マーク(アダム・スコット)は、Severance契約を結んだルーモン社従業員。ある朝、彼は会社の駐車場で泣き崩れている。いったい何があったのか。それでもエレベーターに乗れば人生の哀しみを忘れ、マクロデータ部の部長に切り替わる。ところが退勤した彼の前に、かつての同僚と名乗る男が現れた。同じ職場で絆を育んだ“親友”だと言うのだ。

 AppleTV+で配信中のドラマシリーズ『セヴェランス』は、ありとあらゆることを考えずにいられなくなる。ショーランナー、ダン・エリクソンの脚本はジャンル不定形。ワーキングコメディとディストピアSFという2つのアイデンティティを行ったり来たりする。メインディレクターを務めるのは、なんとベン・スティラー。『メリーに首ったけ』『ミート・ザ・ペアレンツ』など、1990年代後半から2000年代に大ヒットコメディ映画を連発した人気スターだ。近年もノア・バームバック作品などで中年の悲哀を演じる“喜劇俳優”としての印象が強い一方、ブレイク前からディレクターズチェアに座り続けたキャリアの持ち主であり、むしろ本懐は監督業にこそある。ジェネレーションX世代を描いた青春群像劇『リアリティ・バイツ』。当時、飛ぶ鳥落とす勢いのジム・キャリー人気が危ぶまれたダークコメディ『ケーブル・ガイ』。『ズーランダー』はカルト的人気を獲得し、トム・クルーズやロバート・ダウニー・Jr.らオールスターキャストでハリウッドをおちょくった『トロピック・サンダー』は大ヒットを記録した。2017年には『エスケープ・アット・ダンネモラ~脱獄~』でドラマシリーズへ進出。カメラの後ろに回るほどユーモアセンスは黒くなり、時に力技で笑わせるしつこいまでのギャグセンスと、ここぞという場面で走り出すカメラは『セヴェランス』の持ち味の1つだ。

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