『おむすび』根本ノンジの脚本はなぜ挑戦的なのか 俳優の“人間らしさ”を炙り出す余白

『おむすび』の脚本はなぜ挑戦的なのか

 繰り返すが、モリモリが自分の進路を黙っていたのは結への思いやりであるとしても、基本的におしゃべりが印象のあった彼がバツイチであったことを2年間、結たちに一言も言わずにいたのは不思議である。クラスメイトの描写がまったくないことも、愛子が自分の生き方を甘えなのかと聖人に問うことも、愛子がハギャレンを神戸に呼び出すことも、モリモリが肝心のことは言わずにいたことも、すべては「何かにトライして失敗してもいいんです」「ほんとうにやりたいことを思いっきりやればいいんです」と結にこのタイミングで言うための仕掛けである。フィクションなので作為が入るのが当然のことであるし、『おむすび』は朝の支度をしながら、さらりと気軽に観るような作りを心がけているのだと思う。

 例えば、第55話で、聖人が、翔也に夫婦円満の秘訣を聞かれて答えた、ひたすら我慢とすばやい謝罪で乗り切るという人生(夫婦生活)訓。その見本に聖人は、手巻き寿司でマグロを巻いて愛子に渡す。深く重たく考えず、適当にあしらうことも、人生においては大事なのだと思わされた場面であった。ひとつひとつ理屈で考えていたら身がもたない。そうしたらたぶん聖人と愛子も離婚してしまう。だからこそ軽やかに済ますこともときには必要なのだ。

 『おむすび』は、作者が徹底的に作り込んだ揺るがない世界観を俳優が体現していくのではなく、余白があるように思う。その余白に俳優の個性が滲む。

 例えば、北村有起哉はしっかりした脚本の再現性は抜群だが、芝居しているとき以外はわりとのほほんとしている人なのかなあと聖人を見ていると想像が膨らむし、麻生久美子は、透明感のある役が多いが、子どもの頃、ザリガニや雑草を食べていたという経験談をトーク番組でしているように、とてもたくましい人なのだろうし、物事への価値観が少し違うのではないかと思うのだ。それが今回の、スケバンをやっていて十代で家出、聖人の子どもを身ごもって結婚するという枠にとらわれていない愛子の役に滲むように見える。

 橋本環奈は、就職試験の面接で最初は全然うまくいかず、あたふたしていた結が、最終的には理想的な面接の受け答えを堂々とやってみせるときの演技は、橋本自身の器用さをそのまんま出しているように見える。なんというか、『おむすび』の脚本の前では俳優たちはカッコつけることができないのではないか。あらかじめ与えられたよくできた役を演じるのではなく、自分自身で勝負していくしかない。その俳優の人間らしさを炙り出してしまう脚本なのである。朝ドラとは本来、ある種の基準に基づいた美談や建前の極地である。そこにこれまでの枠組みから外れた価値観を持ち込もうとすることは、とても挑戦的だし、なかなか得難い脚本である。

■放送情報
連続テレビ小説『おむすび』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:橋本環奈、仲里依紗、北村有起哉、麻生久美子、宮崎美子、松平健、佐野勇斗、菅生新樹、松本怜生、中村守里、みりちゃむ、谷藤海咲、岡本夏美、田村芽実ほか
語り:リリー・フランキー
主題歌:B'z「イルミネーション」
脚本:根本ノンジ
制作統括:宇佐川隆史、真鍋斎
プロデューサー:管原浩
写真提供=NHK

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