『THE PENGUIN-ザ・ペンギン-』が証明した、スーパーヒーロー作品に秘められた可能性
『デッドプール&ウルヴァリン』のバカ騒ぎも、『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』を取り巻く虚しい狂騒もひとまずは忘れてほしい。またもやスーパーヒーロー映画のスピンオフかとうんざりするかもしれないが、テレビシリーズ『THE PENGUIN-ザ・ペンギン-』(以下、『ザ・ペンギン』)はこのジャンル(少なくともDC)にまだ可能性が秘められていることを証明する強力な1作だ。
本作は、2022年にマット・リーヴス監督によってリブートされた新生『バットマン』シリーズ『THE BATMAN-ザ・バットマン-』(以下、『ザ・バットマン』)から始まるユニバース。コリン・ファレルが演じたサブヴィラン、“ペンギン”ことオズ・コブを主人公としている。ペンギンといえば、かつてティム・バートン監督作『バットマン リターンズ』でダニー・デヴィートが演じた怪人。リーヴス監督による新バージョンではマフィアの構成員という設定で、映画版ではバットマン相手に小突き回される役どころに終始していた。『ザ・バットマン』はバットマン役のロバート・パティンソンはじめ豪華キャストの共演や、リーヴス監督独自の暗く、陰鬱な映像美が話題を呼んだものの、娯楽映画としては長すぎる3時間の上映時間をはじめ難点も多く、評価が割れた感は否めない。映画を観た観客でも『ザ・ペンギン』に食指が動かないのはムリもないだろう。
そもそも、これまでバットマン映画で描かれてきたマフィアの存在は必ずしも効果的に機能してこなかった。ジョーカーやキャットウーマンら、メインヴィランには主演スターに劣らぬ演技派が起用され、その怪演が大きな注目を集めてきた中、マフィアはいわば“前座”。クリストファー・ノーラン監督の“ダークナイト3部作”ですら持て余していた感は否めない。
『ザ・ペンギン』は大胆にもバットマンそのものをオミットする換骨奪胎によって、テレビドラマ史に残る極上のマフィアドラマへ成り上がろうとしている。物語は『ザ・バットマン』の直後、ゴッサムシティを影で支配してきたマフィア、ファルコーネの死により空席となった権力の座を巡って抗争が激化。“ペンギン”ことオズは巧みな謀略によって裏社会の頂点を目指そうと暗躍していく。しかし、彼の前にファルコーネの遺児にして長年アーカム精神病院に収容されていたソフィア(クリスティン・ミリオティ)が現れ……。
『ゴッドファーザー』や『グッドフェローズ』、『スカーフェイス』に『アンタッチャブル』ら往年のギャング映画を彷彿とさせる『ザ・ペンギン』には、何よりそれら名作映画にインスパイアされ、ピークTVを彩った多くの傑作テレビシリーズに連なろうとする気概がある。『ブレイキング・バッド』『ベター・コール・ソウル』はもちろん、『ゲーム・オブ・スローンズ』や『メディア王~華麗なる一族~』の影響も垣間見せる本作の最も重要な参照元は、同じくHBOが1999年から2007年にかけてリリースした『ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア』(以下、『ザ・ソプラノズ』)だろう。ニュージャージーを拠点とするイタリア系マフィアを描いた本作は、2004年にケーブル局以外では初となるエミー賞作品賞を獲得。後にストリーミングプラットフォームが主流となるピークTVの先駆けとなった。
『ザ・ペンギン』で特殊メイクに身を包み、剥げかかった頭に中年太りのイタリア系マフィアへと変貌したコリン・ファレルのシルエットは、『ザ・ソプラノズ』でジェームズ・ガンドルフィーニが演じた主人公トニー・ソプラノにそっくりだ。トニーはマイケル・インペリオリが扮した甥っ子クリスに目をかけていたが、やはりペンギンもストリートの孤児ヴィクター(レンジー・フェリズ)を舎弟にする。『ザ・ソプラノズ』はマフィアのストレスを中間管理職の悩みと家族問題に見出すが、老母に頭を悩ませたトニーと同じくペンギンもまた郊外の一戸建てに老いた母親を住まわせている。そして『ザ・ソプラノズ』がニュージャージーの雑多な人種構成とロケーションを魅力にしたように、『ザ・ペンギン』もまたニューヨークで多数のロケを敢行。近年のバットマン映画とは異なり、都市の猥雑、心象としての荒廃を描き、マフィアドラマの本質が街にあることを強調するのだ。