『THE BATMAN-ザ・バットマン-』は何を描こうとしたのか? 90年代的思想などから考察

『ザ・バットマン』を徹底解説

 スーパーマンとともに、DCコミックスを代表するヒーローであり、実写映画でも数々の人気シリーズを生み出してきた“バットマン”。近年、宿敵が主人公となった『ジョーカー』(2019年)が大ヒットを記録たことで、さらなる期待がかけられるなか、新たなバットマン映画シリーズとして送り出されたのが、マット・リーヴス監督、ロバート・パティンソン主演の『THE BATMAN-ザ・バットマン-』である。

 『ジョーカー』だけではない。クリストファー・ノーラン監督のカリスマ的な『ダークナイト』3部作が大きな支持を受けたことから、今回はさらに高いハードルが設定され、新たな切り口も求められている。そんな新しいバットマン映画を手がけるのは、大きなプレッシャーでもあったはずだ。しかし、本作『THE BATMAN-ザ・バットマン-』は、不安をはねのけ、諸々の期待に見事に応える一作になった。ここでは、そんな本作が何を描き、どこに着地したのかを、様々な角度からあぶり出していきたい。

 まず注目したいのは、世界観や映像、音楽などが、非常に美学的だということだ。バットマンのコミックのなかでも名作として知られる『バットマン:イヤーワン』における、スタイリッシュな陰影や、サスペンスフルで上質な雰囲気が、美しく映像化されているのだ。とくに、深い闇を基調にした、ほのかな光や、燃え上がる炎の表現が幻想的だ。

 ノーラン監督の『ダークナイト』(2008年)が、ジョーカーのバイオレンスを描くシーンなど、部分的に現実的なタッチで撮ることによって、バットマン作品における狂気を現実世界に置き換えたかのような衝撃を観客に与えたのとは対照的に、本作は、夢のなかの世界を観るような、ある種のロマンティックさが全編に漂わせてあると感じられる。同じダークな世界観ながら、リーヴス監督がアプローチを全く変えて本作に臨んだというのは、戦略として賢いやり方だったのではないだろうか。

 今回、バットマンと戦うメインのヴィラン(悪役)となるのは、知能犯“リドラー”である。リドラーとは、その名の通り次々になぞなぞ(Riddle)を出して、バットマンを翻弄するキャラクターだ。1948年に初登場したときのコミックでは、読者もリドラーの出題するクロスワードパズルに挑戦できる、参加型のなぞなぞが出題されたが、ヒントが少な過ぎるため、かなり難しい内容であった。

 リドラーは、60年代のTVシリーズにおいては、日本で「ナゾラー」という名前で親しまれ、『バットマン フォーエヴァー』(1995年)では、ジム・キャリーが演じたことで話題となった。クエスチョンマーク柄の全身タイツを着ているという、ポップかつ奇妙な姿なので、あまりシリアスな雰囲気には似つかわしくないかもしれない。だが本作では、リドラーは現実に存在してもおかしくない犯罪者の格好で、顔を隠した猟奇殺人鬼として登場する。

 本作は、ハードボイルドなタッチでバットマンが連続殺人事件を追うコミック『バットマン:ロング・ハロウィーン』が基になっている。さらにコミックの源流を遡っていけば、もともと『バットマン』は、「ディテクティブ・コミックス」の探偵ものとして描かれた作品だった。その意味で本作は、実写映画として『バットマン』を本来の探偵作品として蘇らせた内容になっているといえよう。さらに、そこにダークな雰囲気をまとわせることによって、探偵がファム・ファタール(運命の女性)に導かれて街の暗部に足を踏み入れるという、「フィルム・ノワール」の世界観が本作のベースになったといえよう。

 マット・リーヴス監督は、本作のテイストを構築していくにあたり、神経症的な探偵映画『カンバセーション…盗聴…』(1973年)を参考にしたと語っている。また、そこに『ゴッドファーザー』(1972年)や『チャイナタウン』(1974年)などギャング映画の雰囲気をも加えているという。神経質なムードと、腐敗した街で男たちが女性を搾取している退廃的なイメージ……興味深いのは、それらの映画が、いずれも1970年代の作品だということだ。

 もう一つ興味深いのは、本作の世界観を表現する場面で、ロックバンド“ニルヴァーナ”の楽曲「サムシング・イン・ザ・ウェイ」が流れる部分である。じつは、本作の主人公のバットマン、そしてその正体である、富豪ブルース・ウェインのモデルの一人が、ニルヴァーナの夭折したロックミュージシャン、カート・コバーンであるとされているのだ。

 ニルヴァーナといえば、1990年代を象徴するバンドでもある。本作では、『セブン』(1995年)を想起させる、荒廃した都会での犯罪捜査や、カート・コバーンが亡くなった90年代の出来事を新たな解釈で映画化した『ラスト・デイズ』(2005年)をも参考にしていることから、70年代のみならず90年代をも思わせる表現に溢れているといえるだろう。そんな暗い世界観のロック音楽が隆盛し、若者たちの漠然とした不安と社会への猜疑が共感を集めた、1990年代……。それは80年代の、音楽も映画もポップで分かりやすい作品が好まれたことへの反動と、大量消費社会のなかで自己を失っていく危機感が、多くの作品から表出した時代であった。

 70年代アメリカでは、長期化するベトナム戦争への疑問を背景に、反逆的な「アメリカン・ニューシネマ」が流行したように、90年代と70年代の文化的傾向には、共通する点が少なくない。その意味で、『THE BATMAN-ザ・バットマン-』に80年代のイメージが希薄で、70年代と90年代文化からの影響が色濃いというのは、必然的だといえるのではないか。近年、『ストレンジャー・シングス 未知の世界』や『ゴーストバスターズ/アフターライフ』(2021年)など、1980年代のファミリー向け娯楽映画をリスペクトした映像作品がブームとなっていたが、近頃は陰鬱で内省的な映画が目立った90年代へのブームの移行が表れてきたのも確かだ。本作はその流れを決定的なものにする作品になるのかもしれない。



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