脚本家・矢島弘一が考える野球の魅力とは? 『バントマン』に込めた“人生”とのシンクロ
東海テレビ制作の土ドラ枠で10月12日にスタートした『バントマン』は、実在の球団である中日ドラゴンズとタッグを組んだ異例のドラマだ。自身も中学時代までクラブチームで4番打者を務めていた鈴木伸之が、主人公の元スラッガー・柳澤大翔を演じている。
脚本を執筆したのは、劇団東京マハロ主宰で、ドラマ『八月は夜のバッティングセンターで。』(テレビ東京)、『風よ あらしよ』(NHK BS)、『やさしい猫』(NHK総合)、『初恋、ざらり』(テレビ東京)、映画『六人の嘘つきな大学生』(11月22日公開)など、近年の佳作や話題作を手がけてきた矢島弘一。自他ともに認める野球好きとしても知られる矢島に、野球のこと、ドラマのことなど、たっぷり話を聞いた。(大山くまお)
主人公・柳澤大翔の年度別成績も作成?
――どのような経緯で本作の脚本を執筆することになったのでしょう?
矢島弘一(以下、矢島):今から1年半ぐらい前に、東海テレビさんから「野球のドラマを作りたい」とお話がありまして、そのときにはもう「バントマン」というタイトルと「犠牲心の大切さを伝える物語」という大まかな方向性は決まっていました。私が野球好きだと知っていての依頼だったのですが、野球ドラマは絶対にやりたいと思っていたので「ぜひやらせてほしい」とお伝えしました。
――中日ドラゴンズが協力することも決まっていたのでしょうか?
矢島:当初はまったく決まっていませんでした。もし難しければ、ファームの新球団や独立リーグの球団に協力をお願いする話もありましたが、東海テレビのプロデューサーには「中日でやる意味があるのだから、なんとかお願いします」とずっと言い続けていました。意外にもドラゴンズからはすぐにお返事をいただけまして、あっという間に協力が決まったんです。バンテリンドームでのロケ撮影も行っています。
――地元のテレビ局が制作するドラマに地元のチームが登場する意味は大きいですよね。戦力外通告を受けた元スラッガーが、一般企業で壁にぶち当たっている社員を助ける「バントマン」という仕事をするというストーリーはどのように決まったのでしょう?
矢島:監督やプロデューサーと話し合いまして、「お仕事もの」にすることが決まり、引退したプロ野球選手のセカンドキャリアをどう描くかというところで、いろいろなアイデアが出たのですが、ちょっと突拍子もないところまで行ったほうがいいのではと飛躍して、このようなストーリーになりました。ひとことで言えば「犠牲心のある人たちの物語」です。一つのテーマとして、今の世の中では「他人のために何かをする」がちょっと古臭い考えとしてある中で、あえて逆を行こうという考えがありました。
――その象徴が、自分が犠牲になってチームのために行う「バント」なんですね。ちなみに矢島さんは野球の戦術としてバントは必要だとお考えですか?
矢島:イニングによるんじゃないですか? 初回や2回からバントを多用するのはどうかと思いますし、よく打っている選手にやらせるのもわからないですね(笑)。
――主人公の柳澤大翔は高卒選手で2010年のドラフト1位という設定ですが、人物像はどのようにして決めていきましたか?
矢島:名前は私が決めさせてもらったのですが、スタッフ陣にすごく気に入ってもらって、上手くいったと感じています。鈴木伸之さんが主人公を演じることがほぼ決まっていたので、ルックス的に広島カープの堂林翔太選手をイメージして書きました。入団したときはカープの4番として期待されていましたよね。その後、上手くいかなかった時期もあったと思いますが、献身的なプレーで今もチームに残って活躍していますからね。
――矢島さんは脚本を書くとき、登場人物の詳細なプロフィールを決めるとお聞きしましたが、今回はいかがでしょう?
矢島:入団してから引退するまでの毎シーズンの成績は全部作りました(笑)。1年目は1試合出場で3打数1安打1本塁打、2年目は出場なし、3年目は75試合出場で打率2割6分、本塁打5本。これがキャリアハイです。
――高卒3年目の選手がこの成績なら、ファンはめちゃくちゃ期待しますよね。
矢島:ただ、大振りになって不振になってしまうんです。監督が変わって起用が減ることもありましたが、地元出身のスター候補ということで長い目で見てもらっていたんですよ。
――31歳で戦力外通告を受けますが、成績を見るとスタイルを柔軟に変えられなかった選手だとわかりますね。
矢島:全然変わらなかったんです。「俺はホームランを打てる」と思ったまま現役生活を終えてしまいました。ただ、ファンからは愛されている選手なんですよね。初打席で初本塁打を放って、ヒーローインタビューで「僕は中日ドラゴンズが大好きです!」と叫んでいますが、そういうところもファンから愛される理由だと思います。この物語を作る上で、自分自身もドラゴンズを好きにならなければいけないと思っていましたし(筆者注・矢島さんは熱狂的なヤクルトファン)、ドラゴンズファンが観たときに「この選手は応援したい!」と思わせる選手にならなければいけないと思ったので、いろいろ考えて作っていきました。