大人と子供の世界を繋いだ異色作 『江戸川乱歩シリーズ 明智小五郎』が必見である理由

『江戸川乱歩シリーズ 明智小五郎』は必見

 日本を代表する推理小説作家・江戸川乱歩が生み出した名探偵・明智小五郎は、これまで何度もテレビや映画で実写化されてきた。天知茂が明智を演じて17年間(1977年〜1994年)続いた『江戸川乱歩の美女シリーズ』が有名なところだが、それに先立ってお茶の間に明智が登場したのが、東映と東京12チャンネルの制作で70年に放送された『江戸川乱歩シリーズ 明智小五郎』だ。時間枠は毎週土曜日の20時〜20時56分。当時、絶大な人気を誇った『8時だョ!全員集合』(TBS系)の裏番組で、子供たちに愛された『8時だョ!全員集合』に対して、『江戸川乱歩シリーズ 明智小五郎』はエロティックで怪奇な大人の世界を展開。子供は観ちゃいけない、そんな怪しい匂いを嗅ぎ取って、親に隠れてこっそり観てトラウマになったちびっこも少なくない。

『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』©東映

 本作では明智が登場しない乱歩の小説も独自に脚色してドラマ化した。東映がテレビで乱歩ものを手がける布石となったのが、1969年に公開された石井輝男監督作『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』だ。乱歩の様々な作品の要素をブレンドした本作は、「異常性愛路線」の最後を飾る作品だった。「異常性愛路線」とは、1960年代に東映が始めた過激な性描写や暴力描写を盛り込んで人気を集めた作品群。そのマニアックな面白さを、テレビに持ち込んだのが『江戸川乱歩シリーズ 明智小五郎』だ。そこには円谷プロが1968年に制作した『怪奇大作戦』(TBS系)を思わせるムードもあり、当時のオカルトブームを意識した作品でもあったに違いない。

『江戸川乱歩シリーズ 明智小五郎』©東映

 本作では明智は探偵ではなく、大学で犯罪心理学を教える教授という設定だ。明智を演じたのは、当時「滝俊介」と名乗っていた溝口舜亮。原田芳雄、林隆三、前田吟、大地喜和子など、数多くの名優を生み出した俳優座の15期生で、デビューして間もなかった。のちに悪役での出演が多くなり、『Gメン’75』(TBS系)では原田大二郎演じる関屋警部補の命を奪ったりもするのだが、本作では明晰な頭脳とキレのいいアクションで犯人を追い詰めていく。そんな明智をアシストするのが、明智の教え子の小林芳雄(岡田裕介)と波越亜沙子(橘ますみ)。そして、時々、亜沙子の兄、波越警部(山田吾一)が捜査の相談にやってくる。

 紅一点で活躍する橘ますみは、『温泉あんま芸者』(1968年)で初めて主演を務めて以降、『徳川女刑罰史』(1968年)、『異常性愛記録 ハレンチ』(1969年)、『徳川いれずみ師 責め地獄』(1969年)など、異常性愛路線に次々と出演して大活躍。本作の放映時は東映を代表する人気女優だったが1971年に女優を引退する。本作では何度も犯人に襲われながら、物語にキュートな華を添えている。また、岡田裕介は東映の二代目社長、岡田茂の息子。役者になったのは縁故ではなく、クラブで飲んでいる時にテレビのプロデューサーにスカウトされたからだった。1970年にベストセラー小説を映画化した『赤頭巾ちゃん気をつけて』に初主演するなど、売り出し中のホープだった。

 第1話「殺しの招待状 蜘蛛男より」から乱歩カラーが全開。謎の蜘蛛男が次々と美女をさらい、歪んだ美意識で惨殺していく。開店サービスとばかりに、劇中で裸の美女を大量放出。死体をマネキンのなかに入れたり、美女たちを氷漬けにしようとしたり。テレビ用に抑えめにしてはいるが、エログロ描写は異常性愛路線と通じるところがある。明智に挑む蜘蛛男を演じるのは伊丹十三。変態のインテリというはまり役を嬉々として演じている。監督は『十三人の刺客』(1963年)などで知られる名匠、工藤栄一。当時、工藤は活動の現場をテレビに広げ始めていたが、工藤が撮った乱歩ものというのも貴重だ。

『江戸川乱歩シリーズ 明智小五郎』©東映

 さらに映画界から、『東海道四谷怪談』(1959年)、『地獄』(1960年)を手掛けた怪談の名手、中川信夫監督が参加しているのも見逃せない。第5話「花嫁泥棒 地獄の道化師より」では原作を大幅に脚色。謎の組織が花嫁を次々と誘拐し、無理やり刺青を入れる描写の艶かしさはお茶の間には強烈すぎる。第8話「貴女は覗かれている 人間椅子より」は、明智が登場しない原作を巧みに脚色。原作の変態性欲路線を踏襲しながらも、明智が深い孤独を抱えた犯人の悲しみをドラマティックに描くことで見応えのある作品に仕上げている。また、第4話「ダイヤモンドを喰う女 黒蜥蜴より」、第6話「吸血鬼」を手掛けた石川義寛も怪談を数多く撮った映画監督で、『東海道四谷怪談』ほか中川監督の作品で助監督を務めて独り立ちした。

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