『バッドボーイズ RIDE OR DIE』なぜアメリカで大ヒット? ウィル・スミスの捨て身の表現

『バッドボーイズ』第4弾、なぜ全米ヒット?

 だが、より重要なのは精神面であるだろう。マイクは過去の出来事が影響し、重要な局面で怖気づくようになっている様子が、本作では描かれることになる。そのシーンでなんと、相棒マーカスがマイクの顔に、これまでの自分を取り戻させようと、何度も平手打ちをするのである。この平手打ち、明らかにウィル・スミス自身の平手打ち騒動を意識したものだろう。そうでなければ、あれだけのスキャンダルを想起させるような要素を、彼の復帰作に入れるはずがないからである。

 もちろん、これは禊(みそぎ)の意味を果たすような性質のものではないだろう。授賞式での平手打ち騒動において、家族の身体的特徴を揶揄する言動に腹を立てたという彼の動機には同情できる部分もある。しかし、公的な場所……ましてや世界中の羨望の視線が集まるところで責任ある大人が暴力を振るうなどという行為は社会通念上許されるものではない。スミスが騒動以前に撮影していた『自由への道』(2022年)はかろうじて公開されたものの、それを理由にいままで出演を謹慎する状態に追い込まれるほどに、騒動の代償は重いものだったのである。

 それでもスミスが人気スターとして復帰を果たすには、同義的責任とはまた別のところで、観客の応援が必要だったことも、また確かなのではないか。劇中で怖気づいてしまったマイクが一方的に何度も平手打ちを受けて勇気を得る描写は、一種の過激なユーモアであるとともに、間違いをおかした事実を受け入れながら、その上で立ち直っていきたいという、スミスから観客へのメッセージが含まれているように感じるのである。

 ウィル・スミスが自身の落ち度を作中の一部の要素としたように、マーティン・ローレンスもまた、それに近いものを本作に登場させているように思える。ローレンス演じるマーカスが倒れて病院で目を覚ますシーンや、神に守られているかのような恍惚状態で、交通量の多い道路に飛び出して危険をおかす場面がそれである。

 いずれも1990年代の話ではあるが、ローレンスは、熱中症により数日間昏睡状態に陥り、死の淵を本当に彷徨った経験があるほか、ロサンゼルスの交差点で銃を振り回し、意味不明の言動をしていたことが、広く報じられている。そのほかにも、暴力的な行為を何度か繰り返しているように、ローレンスは精神面での不安がつきまとう俳優であることは事実ではあるのだ。もちろん、彼のやったさまざまなことに拒否反応をおぼえる観客がいるのも無理はないだろう。

 だがそれでも、ローレンスは俳優としてその後のキャリアを積んでいくことに成功している。その一因には、不安定な状態に陥ったローレンスを見捨てて切るようなことをしなかった『バッドボーイズ』シリーズという存在があったことも確かなのではないか。そのように考えれば、スミスの復帰作としての役割を本作が引き受けていることにも納得がいくのである。

 アメリカという国は、一度人生で大きな失敗をしても、セカンドチャンスを与えようという社会的なコンセンサスがあることが知られている。もちろん、その失敗があまりにも軽蔑されるような性質のものであれば話は変わってくるが、大きな失敗は人生経験として、その人を成長させる部分があるという考え方もあるのだ。本作の自虐すら感じる捨て身の表現は、そんなアメリカ人の琴線に触れるものがあったのかもしれない。

 人生を続けていけば、誰もが間違った選択をして、足を踏み外してしまうおそれがある。問題は、それが現実のものとなってしまった後で、自分の間違いを認めることができるのか、そして正しい道に復帰することができるのかという部分なのではないか。本作で描かれたマイクの立ち直りと、それを鑑賞した観客たちの本作への好意的な反応は、同じように人生をくぐり抜けてきた人間同士の共感が核となっているように思えるのだ。

 その意味で、本作においてはウィル・スミスとマーティン・ローレンスのコンビだけでなく、多くの観客もまた、同じ時代、同じ時間を過ごしてきた「バッドボーイズ(悪友)」として、本作を眺めることができたということなのではないだろうか。

■公開情報
『バッドボーイズ RIDE OR DIE』
全国公開中
監督:アディル・エル・アルビ、ビラル・ファラー
製作:ジェリー・ブラッカイマー、ウィル・スミス
出演:ウィル・スミス、マーティン・ローレンス、ヴァネッサ・ハジェンズ
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
公式サイト:https://www.badboys-movie.jp
公式X(旧Twitter):https://X.com/SonyPicsEiga

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