『燕は戻ってこない』巣から飛び立った燕たち “産む機械”で終わることを拒んだリキの決断
燕の卵が孵る季節だ。親鳥が運んできたエサを必死についばむ雛鳥たちは、ここから1カ月ほどで巣立ちのときを迎える。『燕は戻ってこない』(NHK総合)最終話。この作品からも一足先に二羽の燕が、暖かい場所を求めて巣から飛び立った。
※本稿は最終回の結末に触れています。
基(稲垣吾郎)の来訪中に破水したリキ(石橋静河)。「出産をなめてた」と今さら思う間に腹を切られ、男児と女児が取り上げられる。いつしか意識を失い、次に目覚めた頃には、実体を伴った現実がリキの世界を一変させていた。悠子(内田有紀)は生まれた子供がどうしても欲しくなり、基と復縁することを決意。基は子供の遺伝子検査はせず、父親が他の誰かである可能性を千味子(黒木瞳)にも隠し通すことを誓う。
基が血縁の呪縛から解放され、喜ぶ悠子はリキが子供を産んでくれたこと、夫を成長させてくれたことに対して感謝を述べた。その上でいち早く双子と家族になるために、引き渡しに関する誓約書へのサインを要求する。だが、それはあまりにも身勝手ではないだろうか。
不育症と卵子の老化によって妊娠を諦めざるを得なかった悠子。「せめて基の遺伝子を継ぐ子供を」と夫婦は代理出産という手段を選んだ。代理母であるリキはあろうことか別の男性と性的関係を持ち、妊娠したが、それでも産んでほしいと願ったのは悠子だ。にもかかわらず、子供の母親になる覚悟を持てず、実質的にプロジェクトを降りた形となった。基は父親が誰であっても子供を育てる代わりに、乳母の役割をリキに求めた。だが、「生まれてから決める」という約束を反故にし、今度は早々に子供を引き渡せという。
当初の予定通りではあるが、その過程に色々なことがありすぎた。それも全てなかったかのように、無邪気に喜ぶ2人の身勝手さにリキの中でふつふつと怒りが湧き上がる。子供は生まれ、結果的に草桶夫婦の絆は深まった。けれど、リキは果たしてその使命を果たすためだけに生まれたのだろうか。
「一度ぐらい『女で得したー!』って笑お?」というテル(伊藤万理華)の無邪気な声が、「子どもを妊娠し、出産する。こんな奇跡は女性にしか起こせません」という青沼(朴璐美)の洗脳的な言葉が今一度聞こえてくる。たしかに子供を産めるのは女性だけだ。子供が産まれなければ、いずれ人類が絶えることを考えれば、原作本のキャッチコピーにある通り、女性の身体こそ“文明の最後の利器”と言えるかもしれない。
それを享受し、子供を産んで命を繋いでいく女性もいる。一方で、りりこ(中村優子)のように子供以上に大事なものを見つけ、一代限りの命を燃やす女性もいる。毎日食べていくのに精一杯で、そのどちらの選択肢も与えられなかったリキは“人並み”の生活を願った。だが、いざ子供が生まれ、総額1000万のお金を手にこれから新たな人生を送れるというときになって、リキは気づく。腹は空になっても、そこには経産婦の証たる一生消えぬ傷が刻印されている。どこまでいっても“人並み”にはなれない。なれないのであれば、自分で選ぶしかない。